You're all surrounded [第8章−前編]

第8章 Requiem・前編

[1]
**2017年8月某日 ~服部平次の記憶**

「なぁ、初めて会った日の事、覚えとるか?
自分、大学の入学式でめっちゃ泣いたやろ」

保護者席で、めっちゃキレイな姉ちゃんが泣
いてる、言うてみんな騒いどったんやで?

「ふふふ、お姉ちゃんらしい
私の時もそうだったなぁ〜」
「その後、ファミレスで飯食うたんやけど、
今度はアンタの時のこと、思い出した、言う
て号泣や、オレ、店員さんからの視線、めっ
ちゃ痛かったんやで?」
「それは申し訳無い事を」

もう、かなり危険な状態や、言われて、実妹
の宮野科捜研所長と一緒に、一課長の枕元で
2人、思い出話をしとった
ちゃんと、聞いててや?と願いを込めて

「アンタが何を考えて、後見人になったんか
は、もうどうでもええねん
オレは、オカン殺した犯人を逮捕したんや
そして、和葉とおばちゃんと再会出来たし、
オカンが眠る場所にも行けた」

刑事になれたんも、全部アンタのおかげやな
せやから、感謝しとる
ホンマに、おおきに

ふと、伏せられたままの一課長の瞼から、す
っと涙が落ちた

「お姉ちゃん?」
実妹の声に、ずっと動かんかった指先が少し
だけ動いて、握り返すのが見えて、さらに大
粒の涙が滑り落ちるのが見えたんが最期やっ
たんや

遺体に縋り付いて泣く宮野所長を部屋に残し
て、オレは、廊下に出た

警察葬が執り行われた日

オレらは全員、正装用の制服を着て一課長を
見送った

土砂降りの雨やった

宮野所長に言われて、遺影はオレが、位牌は
宮野所長が抱いて歩いた
棺を持って歩いたんは、降谷夫妻、和葉、黒
羽、沖田、工藤、毛利、冴島と後任の一課長

その葬儀に、黒い大きな傘を差して現れたの
が、国会議員の池波源太郎と、その娘である
瑠花やった

殴りかかろう、とした拳は、隣に立つ和葉の
手袋をした掌で抑え込まれた

「君が、服部平次くんかね?」
宮野一課長の事は、残念だったね
そう言って、立ち去る瞬間、笑ったんや
親子で、声を出さず、ニヤリ、と

口惜しさは、和葉の手を握り返す事で堪えた

一課長が亡くなった日

和葉がとうとう見つけたんや
池波父娘を、逮捕するだけの証拠を

それは、一課長が保管しとったオレとの手紙
の束がしまってあった箱の中に、仕掛けられ
とったんや

事故の日、手紙、と呟いていた一課長をずっ
と考えていた和葉は、まだ犯人側も探し回り
見つけて無いんじゃないか、と言うてたんや
逮捕して、送検されたはずの原田が、拘置所
で、死亡しとんのが確認され、絶望しかけた
オレに、光を当ててくれた

見つけたUSBの中に、全てがあった
24年前、遠山銀司郎氏が暗殺された事故の
真相とその黒幕

そして、10年前の事件

あの日、服部邸周辺で目撃された車から降り
る1人の女性がいた
派手な顔立ちに、目立つペンダントをして、
服部邸へと入って行くのを、通行人が見てい
たんや

それやのに、その目撃証言は取り上げられ無
いばかりか、無かった事にされた

そんなバカな話があるワケが無い

その証言者が、その後すぐに転勤で日本を離
れてしまっていたため気づかれなかったのだ

今回、偶々瑠花の調査をするためにあるパー
ティーに潜り込んだ工藤夫妻がその証言者と
接触し、証言を取ってくれて判明した

そして、オカンが殺された理由は
池波ホールディングスの裏社会との繋がりを
示す証拠、偽札のカラクリに気付いた事と

最大の理由は、オレやった

オカンと、平蔵氏が長く付き合うてる事を知
った瑠花氏が、強引に割り込み、金を使い、
人脈を駆使して、引き離しにかかった
平蔵氏は、科捜研で躍進しているオカンの将
来のために、警察を去ったんや

数年、行方がわからなければ、お嬢様は諦め
るだろう、と言う平蔵氏は日本を離れた

オカンは忙しい合間を縫って、慣れない外国
暮らしを続ける平蔵氏を支えていたが、突然
これを最期に会わないとされた

瑠花氏は、府警にある事無い事吹き込んで、
科捜研所長の座からオカンを引きずり落とす
事に全力を尽くしたからや

平蔵氏が警察での仕事にどれほど打ち込み、
誇りに思うてたか知っていたオカンは、平蔵
氏が護ってくれた仕事は、死守すべきと判断
したらしい

そして、間も無く懐妊が判明

瑠花氏との間では、子供は産まない
平蔵氏とは、二度と接触しないと約束して、
オカンへの攻撃は止んだらしいねん
オカンは、瑠花氏に偽の堕胎証明書を提出し
水子供養までしとったんや

それに協力しとったんが、現在の医療法人華
櫻会トップである冴島の実父やった

オカンの懐妊は、厳重に隠され、そのサポー
トは和葉の両親の手で手厚くされたとあった

ところが、10年前、経営立て直しに平蔵氏
が奔走している間に、父の政治資金を捻出す
るために尽力していた瑠花が加担していたあ
の偽金工事トラブルで、瑠花は偶然、オカン
が子供と暮らしていることに気づき、逆上

最初は、オカンが和葉と歩いているのを見て
逆上したが、組織に調べさせて、父親不明の
オレの存在に気づいたらしいねん

話が違うと服部邸に乗り込み、平次は私の子
供であり、あの人の子供では無い、貴女の勘
違いや、と言うオカンに逆上して、花瓶で頭
を殴打して、

昏倒したオカンの頭を床に打ちつけた

そして、逃げ出した後で、自分がペンダント
を紛失した事に気づいて、父親に泣きついた
んや

父親は、公安警察の中で、自分を含む家族の
闇を内偵中やった原田に目をつけ、陥れた

当時、難病の家族を抱え、金銭トラブルを抱
えた事を嗅ぎつけて、原田を金で買ったのだ
原田は、瑠花の犯行の証拠を消すために、入
念に作業をしていた

そんな最中、オレが帰宅した

別室で帰宅したオレを、オカンが突き飛ばし
たのを見ていたそうだ

とにかく、オカンを絶命させてから、隠れた
オレも引きずり出して殺そうとしたところ、
近所の人と宅配業者が来たので、取りあえず
撤収し、学校に逃げ込んだオレを追跡したと

「子供だから、簡単に消せると思った」
そう言っていたらしい

USBにあった音声データは、一課長が収監
されていた原田と面会した時に引き出した証
言だったのだ

ネックレスの行方を追って、服部邸と隣家に
忍び込んだが、見つけられなかった、と

そして、長年、遠山家を見張り続けたが、オ
レが現れなかったので、組織も監視を解いた
らしい、と

つまり、おばちゃんと工藤夫妻の判断は正し
かったんや

オレを捜しまわる和葉を留学させ、捜索を一
時中断させたんやから

組織側も、これ以上和葉が嗅ぎまわるのであ
れば、母親もろとも始末すべく、待機してい
たと言う

もし、おばちゃんが一人娘を手放す決心をせ
んかったら、オレの知らんところで和葉も、
おばちゃんも始末されとったんや

海外に潜伏していた原田が帰国したのは、家
族が亡くなって、失うモノが亡くなったから

「あの坊やに遭わなければ、オレの人生は
こんな事にはなって無かった」

あの坊やを殺しておけば、こんな事には、と
言うてた原田は、少しも反省してへんかった
し、現在も警察で活躍する元相棒の降谷の事
も妬んでいた

長い長いテキストで書かれた証言には、一課
長が10年前の事件で果たした役割も言及し
てあった

服部邸の監視カメラ映像に細工をして、近隣
の監視カメラ映像から、例の外車の映像を消
したのは、一課長やった

組織と源太郎氏自らに脅されたらしい
実妹がどうなっても良いのか、と

言う事を聞けば、一課長が提出したレポート
を実現すべく、国会で訴えて実現するための
突破口を開いてやる、と

そう、古い日本版FBI,CIA構想に手を入れて
より具体化した構想をレポートしていたのだ

それは、旧版よりもソフトで、実現しやすい
内容になっていたため、画策している連中に
とっては、かなり物足りない内容だった様子

途中、何度も書き直しを要求され、そのたび
に、悪事に加担するよう脅されていたらしい

米国でFBIとして活躍している恋人と距離を
置いたのも、その恋人に迷惑がかかる事を
恐れたためだったとあった

その恋人と結婚し、警察を去る事も考えなか
ったワケでは無い、とあった

それでも出来なかったのは、オレと出逢った
事やとあった

オレからオカンを取り上げた事件を未解決事
件にしてしまう悪事に加担した事

そして、旧構想の騒動に巻き込まれ、死亡し
た経緯を掴みながら、公表せず、こちらも事
故として封印してしまった和葉の父親が死亡
したあの事故の事

和葉の父親だけでなく、同乗しとった警官も
全員亡くなってたし、一般人も巻き込まれた
事故の事も考えると、未解決で事故のまま処
理されるのを知りながら何もせんかった自分
も同罪やとあった

一課長らしく、自分の犯した罪はきっちりと
明記し、誰に、いつ、どんな指示を受けたん
か、記載されているだけやなく、そいつの現
在の居住地、仕事内容等詳細も明記されとっ
たんや

でも、一課長は嘘を吐いていた

10年前の事件、防犯カメラ映像は、全部が
消去されとったワケや無くて、ところどころ
映像は残されとったんや

もっとも、和葉が丹念に調べるまで、誰もそ
れに気付きはせんかったんやけど

それが、せめてもの一課長の良心やったんや
無いか、と和葉は言うた

オレ達は、一課長の遺志を継いで、一課長の
残した供述調書通りに、裏付け捜査をして、
証拠もきっちり揃えて、関係者を一斉逮捕す
べく覚悟を持って、一課長の葬儀に参列して
いた

葬儀の翌朝、和葉から早朝に連絡が入った
出勤前に少しだけ逢いたい、と

宿舎近くの公園で待ってる、とあって、行く
と、和葉がブランコを漕いでいた

「何や、朝から」
そう言うたオレに、紙袋を差しだした

朝ごはんが余ったから、食べろ、と
中には、おむすびと出し巻きが入っていた

実は、朝から沖田が、実家から送られて来たから言うて、和食膳並みの量を食べていたんやけど、おむすびを口に詰め込んだ
慣れ親しんでいた、和葉のおむすびの味

「詰め込まんといてや」

ゆっくり、ちゃんと食べろ、とお茶も差し出
された

和葉は隣でブランコを漕いで、何も言わん
おむすびを飲み込んで、お茶を流し込んだ

「和葉」
「ん?」
「ひとつだけ、約束してくれや」
何を?
「オマエだけは、絶対にオレの前で死ぬな
オレより先に、死んだらアカン」

ブランコの揺れが止まった

「そんなん、約束出来んよ
何、私は寿命や!思うたら、姥捨て山にで
も自力で行け、言う事?」

むちゃくちゃやなぁ、と言いながら、和葉の
大きな瞳からは、ボロボロと雨が降っていた

「約束は出来んけど、努力はする
あー、もう、アカン、思うたら、アンタの前
から消えるようにする」
「それが出来んのやったら、オレの事も一緒
に連れて行け」
わかった、と言うと、立ち上がってオレの前
に立つと、約束や、と言うてくれた

和葉がブランコに座るオレの頭を抱き寄せて
背中をそっと叩く

「わかったから、泣いてもええよ」

和葉の腹に頭を預け、細い腰に腕をまわして
縋りついた

こんな日は、おばちゃんに一緒に居て欲しか
ったなぁ、と呟く和葉の声に、凝り固まった
自分の中の何かが溶け出すのを遠くに感じて
オレを甘やかす和葉の掌に顔を預けて目を伏
せた

「さよなら、宮野一課長
ホンマに、ありがとうございました」
オカン、そっちに一課長が行くから、オカン
からもちゃんと礼を言うてや?

庁舎にて、最後の全体での打ち合わせを済ま
せてから、オレ達は各地に散って関係者を逮
捕した

ところが、池波源太郎が姿をくらましてしま
ったのと、例のカメラに映ってた銀髪の男達
の行方がわからんようになってまい、その追
跡中、オレと和葉は拉致された

連れて来られたんは、どこかの地下倉庫

捉えられたオレ達は、複数人に抑え込まれて
身動きは取れん
源太郎氏は優雅に椅子に座り、笑っていた

「オレはええけど、コイツは解放しろ!
関係、無いやろ?」
「関係あると思ったから、連れて来たんだ
どうして解放する必要がある?
このお嬢さんには、オマエの死を見届けてか
ら死んでもらおうと思うんだが、それとも先
に、死んだのを見届けてからがいいか?」

和葉に銃口が突き付けられる

「オマエが殺したいんは、オレやろ?
無駄な殺生は、罪状が増えるだけとちゃうか
今回は、オマエは逃げきれんで!」
「あぁ、そうだろうなぁ
でも、それは、オマエ達の遺体が発見された
後ならかまわないさ」

コイツ、完全に気が狂ってる、と思うた

「じゃあ、オレが自分で死ねば、アンタは
自分の手を汚さなくて済むだろ?」

平次!アンタバカになったん!何を言うてん
のや!アホ!
そう言うた和葉を、煩い、と男が激しくひっ
ぱたいた

「オレが、アンタの前で自殺する!
せやから、コイツは解放してくれ、それが
条件や」

渋った奴に、時間は無いで、と畳みかけて
焦らせた

承諾した奴に言われて、和葉が引きずり出
されて行く

平次!平次!と騒ぐ和葉
「アンタ、私の事置いて、どこ行く気なん!
絶対、許さないから!
後で、めっちゃしばくからな!!!」

平次!愛してる、愛してんで!
だから、無駄な事は、
そこで声は消えて、扉が閉まる音がした

オレを抑えつけていた男達に、身体に跡が残
ると、自殺を疑われるからどけ、と言い
目の前に置かれた拳銃を手に取った

「ちゃんと死んでやるから、最後に教えてく
れや」

何故、オレのオカンは死ななければならんか
ったんや?

「オマエを勝手に生んだからに決まってるだ
ろうが」

池波ホールディングスと、あの組織の繋がり
については、いくらでももみ消せる
政財界、パイプが無いところは何もないから
なぁ
ただ、娘婿の隠し子が存在するのは別問題だ
政治家にとって、スキャンダルは致命傷だ

オマエさえ生まれてこなければ、あの母親は
今でも元気に生きていただろう
あのオンナの最大の汚点は、オマエを生んだ
事、その一点に尽きる

それに、隣家もそうだ
隣家の母子を庇わなければ、あの父親ももう
少し生きていられたかも知れない

オマエの事を隠そうとして、その脅しにオレ
達の裏金問題を告発しようとしたから、予定
よりも早く消されたんだ

おとなしくしていれば、後数年は可愛い娘の
成長も見られたと言うのになぁ?

「全部、君が生まれたせいだよ
言っただろう?不幸の始まりは、君に出逢っ
た事だって」

そう言うと、豪快に笑った
心底楽しそうに

「さ、余計なおしゃべりはここまでだ
さっさと死ね、この疫病神が!!」

オレはこめかみに当てていた銃口を下げた

「おい、さっさと自殺しろ!」
「やだね、何でオレが死ななアカンねん💢
オレは誰の子でも無い、オカンの息子や!!
池波家なんぞ、オレには一切関係ない」

ホンマに死ななアカン悪党は、オマエやろ!
オレに死ね、言うんやったら、自分が先に死
んで手本、見せたらええやんか!

「何だと?おいl貸せ!」

近くに居た黒服の男から拳銃を奪い取ると、
オレに銃口を向けた

「国会議員になると、拳銃も持てるようにな
るんか?」

「オレぐらいになれば、拳銃の数丁くらい、
簡単に入手出来る
オマエのひとりやふたり、簡単に始末して、
消す事くらい簡単だ」

あのお嬢さんは、コイツらで楽しませてもら
った後で、殺す事になってる

今頃、連れて行った連中が、お楽しみの真っ
最中だろうから、コイツらもはやく参戦した
がってるんだ

おとなしく、最初の約束通り、ここで自殺す
るんだ!!

でなければ、オレがこの手で

「この手で?」
「オマエを殺す!」

トリガーに指がかかったのを確認した

「だそうです、国民のみなさん」
「?」
「この人を、国会に送るために投票された
方は、今から猛省してください」

あ、忘れてましたが、この一部始終は総て生
放送されていますよって
もう、取り返しはつきませんよ、大臣

オレの襟に隠してあったカメラとマイクに気
が付いた連中が慌てて壊しているが、それは
無駄

和葉がこれをリアルタイム転送で、警察全部
とネット上にデータを流しているんや

そこまで!と言う声と共に、降谷達が一斉に
雪崩込んで来て、取り押さえられた

「遠山は、この部屋から連れ出された所で
保護されたから、大丈夫だ」

降谷はそう言うと、源太郎氏を含め全員を部
屋から連れ出した

「平次!」

階段から転げ落ちるようにして降りて来た和
葉を抱きあげた

「この、どアホ!平次のバカ!💢」
何てこと言うんや!何てことするんや!
ぼかすかと和葉に殴られながら、抱えた腕は
外せずに居た

「アンタ、今度こんな真似したら、私がアン
タを殺すから、本気や!ええね!!」

ばんっ、と両手で頬を挟まれた

「うん、ええで
殺してくれ、オマエに殺されるんやったら
それでええわ」

「そんな簡単に殺せるワケ無いやろが!
アホ!平次のバカっ!!!」

わんわん泣きながら暴れる和葉を抱きしめ
ヒリヒリする胸の痛みに耐えた
涙でぐちゃぐちゃの和葉が、両手でオレの
顔を挟んで言うた

「おばちゃんが言うてた
アンタを授かった事が、最大の喜びやったけ
ど、アンタを無事産めた事が、腕に抱けた事
が、一番の喜びやったって」

アンタの誕生日が来るたびに、そう言うて、
嬉しそうにごちそう作ってたんや

「私と、お母ちゃんが証人やで?
アンタは、生まれて良かったんや
おばちゃんにとって、大事な大事な宝物や
ってん」

自分の生命が消えても、アンタを護ったんや
せやから、アンタはあんな事して生命放した
りしたら、絶対にアカンねん

私が死のうが、誰がどうなろうが、最後の一
瞬まで、生きてなアカンのや

「ホンマに、今度あんな真似したら、許さ
んからね!」

私が天寿を全うして、おばちゃんと再会した
時に、謝らなアカンような真似はしてくれる
な、と、和葉は本気で怒っていた

「お父ちゃんかてそうや」

お父ちゃん、アンタの名前ちゃんと決めて、
ネックレス作って、命名の書までしたためて
アンタが生まれるの、楽しみにしとったんよ

この間、お母ちゃんが届けてくれてん
お父ちゃんの筆で、平次って書いてあった

「お母ちゃんが身体の都合でもう子供が産め
んから、おばちゃんが赤ちゃん産むの、私の
弟か妹にする、言うてめっちゃ楽しみにして
たんやて」

生まれてくる平次に、私に、恥ずかしく無い
父で在りたいって言うて、あんな目に遭った
んや

アンタのせいや無いよ?
私も、お母ちゃんも、そんな事、思うた事
一度も無い

嘘やないから、せやからそんな顔せんといて
お母ちゃん来たら、アンタん事殴ると思うよ
私を助けるために、自殺しようとしたなんて
知ったら、めっちゃ怒るはずやもん

「まさか、和葉、あの映像」
「当たり前や、警察全部に流したもん」
「オレ、怒られるよな」
「私も多分、処分があると思う」

「謹慎くらいやったらええけど」
「減給は確実やろな」
はぁ、とお互いため息を吐いて

謹慎やったら、一緒に居ような、と言うて和
葉の唇を塞いだ
ゆっくりと、確かめるように深く探る唇と、
首に巻き付いた細い腕と、抱き締めた身体だ
けが、オレが生きてる事を証明してくれた

オカン、これでええんよな?
ん、と苦しそうな声をあげる和葉の唇を色々な角度から重ねて繋いでは絡め取る

もう、絶対に誰にも奪われん
オレの人生は、オレのモノや
そして、オレが共に歩くべき相方は、他の誰でも無い、和葉や

めちゃくちゃ長い長いキスをして、崩れそうな細い身体をめいっぱい抱き締めた


[2]
**2017年8月某日 ~遠山和葉の記憶

目まぐるしい1ヶ月だった

平次を取り戻し、様々な困難にぶち当たり、
宮野一課長が事故死して、警察葬が行われ

同時に、池波ホールディングスが揺れた

会長と副社長の逮捕と解任騒動

そして、後継者と見られていた春人氏の電撃結婚と渡米

現社長が会長に就任し、後3年のうちに会社
を立て直したら、後は後進に譲ると言う引退
宣言

平蔵氏は、平次を訪ねて来て、親子鑑定を受
けても良いと言ったけど、本人がそれを拒絶

自分の父と呼ぶべき人は、遠山銀司郎ただひ
とりでええ、と言い切ったんや

平蔵氏には、私が説得すると言い、既に鑑定
は密かに行われていて、結果も出ている事を
伝えた

でも、待って欲しいと
平次にも、気持ちの整理をつける時間を与え
て欲しいと

事件が一気に動いて、平次は気が抜けたんか
少し体調を崩していた

京極家が与えた家の方に帰る、と言う平次に
ついて行って、無理矢理寝かせると、高熱を
出したんや

昔と違って、成長して身体も大きい平次をひ
とりで面倒見るのは大変で、私はお母ちゃん
にSOSを出した
平次が、病院を頑として嫌がったからや

「アンタなぁ、お母ちゃん呼んでどないす
んのよ」
「え?」
「お母ちゃん居ったら、平ちゃんアンタに
手を出せへんやんか、ホンマアホやなぁ」

「・・・・えええっ!」
仰天する私を、お母ちゃんは呆れた顔で一
瞥した後、平次に言うた

「何や、ホンマ、鈍感な娘でごめんなぁ」
「そんなん、昔からやん」
「せやった、せやった」
堪忍やでー、忙しい平ちゃんのせっかくのラ
ッキーチャンス、無駄にしてしもうて

(お母ちゃん、ラッキーチャンスって)

「・・・おばちゃん、苦しい」
「せやなぁ、こんなに熱、高かったら苦しいと思うわ」

素直に甘える息子とその母、ってところやろうか?

あれこれと、世話を妬くお母ちゃんの手伝いをして、熱に浮かされて、お母ちゃんや私を
じっと見つめる平次を見ていた

お母ちゃんは、平次だけやなくて私の事もめ
っちゃ甘やかし倒した

桃を剥いて食べさせてみたり、顔を撫でてみたりして
私の事も、平次の事も抱っこして寝たりも
したんや

平次と私に平等に接してん

「近日中に、大滝ハン連れてまた来るし」

平次の熱が落ち着くのを待って、そう言うと
私と平次にハグとキスをして帰って行った

台風みたいな人やと思う
いっつも、突然やって来て、嵐のように人を
巻き込んで、あっと言う間に帰って行く

お母ちゃんが平次を散々甘やかしたせいで、
その後の私はめっちゃ大変やってん
おばちゃんがやってくれたんやから、和葉も
当然、してくれるんやろって言われて

(絶対、お母ちゃんわざとや)

きっと、平次がこうなるんをわかってて、めっちゃ甘やかしたんや

宣言通り、お母ちゃんが再来襲する日が予告
される少し前、平次が全快したのを見て、私
は平次に言うた

アンタのお父ちゃんの事、少しずつでええか
ら受け入れてやれ、と

最初はめっちゃキレて、怒った
何で、オマエがそんなん言うんやって

オマエが一番、オレの気持ちわかってるクセ
にって

「せや、アンタの気持ちも、おばちゃんの気
持ちも、一番わかるから、言うてんねん」

アンタは男やからこの先もわからんと思うけ
どなぁ、女の人が子供を10月10日、腹の中
で育てて、それを産み落とすんは、めっちゃ
大変な事やねん

おばちゃんが、そんな大変な思いして産んだ
って事、アンタは死んでも忘れたらアカン事
や、ちゃうんか?

「それだけの命を削るような事しても、どん
なに周囲に父親の事を責められても、口を閉
ざしてひとりで産んだんや
それって、どう言う事か、わかる?平次」
「わからん」

「おばちゃんにとって、アンタの父親は命
かけて護りたい程、大事やって事や」

生まれて来るアンタに対する愛情と同じくら
い、めっちゃ大事な人やったんやと思う

「お父ちゃんも、お母ちゃんも、それを理解しとったから、アンタん事、私と同じくらい、時には私以上に大事にしたんや」

アンタに、父親の事聞かれるたび、おばちゃ
んが淋しそうな顔しとったん、アンタは知ら
んやろ?

でもな、私は見てたんやで?
せやから、おばちゃんに言うたんや

私もお父ちゃんはもう居らんけど、きっと、
お母ちゃんと同じくらい、平次ん事もおば
ちゃんの事、好きやったはずやでって

せやから、平次のお父ちゃんは、私のお父ちゃんと一緒でええやろって

「そう言うと、おばちゃんはいっつも私の
事、抱き締めてくれてん」
堪忍やで、って言うて

「アンタも、私も親と過ごした時間は同じくらい短い
でも、他のどんな家庭より、濃い時間を過ご
させてもろうたんやと思うてる」

アンタも、いつまでも拗ねてないで、いい加
減おばちゃんの事、安心させてやったらええ
おばちゃん、自分が愛した人達が距離置いて
付き合わんようにしとる姿なん、見たくない
と思うてるよ、きっと

そんな風にするために、ひとりで頑張って育
てたワケやないって、言うてると思うよ

「アンタもいつか、親になるんやろ?
そん時、自分の子供に、自分の親は嫌いやっ
て言うつもりなん?」

今からでも遅く無い
ちょっとずつでええから、認めてあげ?

人間誰しもいつかは死んでまうんや
生きてる間に会えたんやで?アンタはそれ、大事にせんようなオトコ、私は嫌いや

そう言うた私を置いて、平次は部屋を出て行
ってしもうたんや

アイス買って戻って来た時、ゴメン、と小さ
な声で呟いてん

(その様子が、めっちゃ可愛ええ思うたんは
内緒やで)

わかっとる
平次にとって、受け入れ難い事実ばかりが並
んで、気持ちの整理がつかんのも

でも、私や平次は誰よりもわかってる

普通に訪れる明日など、どこにも保障が無い
って事を

当たり前の幸せは、ある日突然、消える事も
あるんやって事を

だったら、ぐずぐず立ち止まってる時間は、もう無いと思うてん

平次には、ここから先は服部平次として、少
しの後悔もして欲しく無い

まっすぐに、想うままに生きて欲しい

いろんな我慢を重ねて、苦しい事を超えて、
ここまで来たんやから
それくらいのご褒美、あってええと私は思う
てんのや

アイスを半分して食べながら、くだらない話
をして笑いあう
ごくごく当たり前の日常を、私も平次も思い
っきり楽しんでいた

もちろん、仕事は仕事で全力やったけどな

平次は、最初は難色を示したけど、冴島さん
とお父さんの事を話したら、少しだけ前向き
に考えてくれるようになって

平次は、平次なりに、現実を受け入れようとし始めて

そんな中、お母ちゃんらが再度来るとわかっ
て漸く重い腰を上げてくれてん

自分ひとりで行く、言うて、冴島院長と平蔵
氏を宴会に招いたんや
ちゃんと、迎えに行って

その日の宴会は、大盛り上がりやった

冴島院長と、冴島さんの和解
黒羽くんの念願やった青子ちゃんの帰還
そして、志保さんと、降谷係長の大阪赴任と
降谷元夫妻が、夫妻に戻ったお知らせ

あとは、平蔵氏に、お母ちゃんが唯一、隠し
通した写真が手渡された

「後は全部、静華が、自らの手で処分してしもうてん
万が一、コレが知られたら、平ちゃんと和
葉が危険な目に遭うから、言うて」

その写真だけは、お母ちゃんが万が一に備えておばちゃんの元から隠して保管しとったと言うんや

「これは、台湾で最後に逢った日の写真や」

平蔵氏はそう言うて、これを最後におばち
ゃんとは2度と逢えんかった、と涙を落した

平次がそれを見ないようにしとったんは、
私もお母ちゃんも気が付いてた

その夜は、みんなお酒も入って、後は一課長との想い出話しやら大阪の話で盛り上がった

驚いたんは、翌朝の事や

工藤くんが、直訴してん
自分も大阪府警に研修に行きたい、って

「悔しいじゃねーか
服部は、大阪でも捜査経験があって東京でもあるなんて
東西制覇、服部と和葉ちゃんだけして、オレ
だけしてねぇとか、何か悔しい」

蘭ちゃんは、私はついて行かないよ、と言う
たけど、それでも行ってみたい、と言うんで
蘭ちゃんまで、ええ経験になるから、と後押
しして

結局、降谷係長とセットで府警に赴任する事
が決まった工藤くんやった

でも私、聞いちゃったんや

工藤くんが、蘭ちゃんに、関西でデートも出
来るな、と嬉しそうに言うたんを
工藤くん、言うてたもんね
蘭ちゃんと、色々な土地、行ってみたいって

私は志保さんはええ、言うてくれたんやけど
東京で家を捜す事にした

そして、平次らは、同居解消となる事になり
そこには新たに特殊任務に就く人らが拠点と
して使う事になったんや

家を捜していると言う話をどこで聞きつけた
んか、京極家の当主が突然現れて、平次の部
屋の隣を貸してくれる、言うてん

「さすがに、同居してまうと一緒の部署言う
ワケにはいかんようになってまうやろ?」
「へ?」
「嬢ちゃんのお母ちゃんとは、もう話がつい
てるから大丈夫や!」

「え???」
私の知らん間に、お母ちゃんは京極家の当主
にも平次が世話になったと挨拶に行ったらし
くて、別嬪さんと楽しい話が出来たと当主は
大喜びや

「自分も今後、東京への出張が増えるから、
そん時泊まれるように、言うてはったわ」

「あ・・ええええっ!」
私が知らん間に、お母ちゃんと平次と当主の間で話がついているらしく、もう前の住人が
出てるから、いつでもどうぞ、言われてん

いつでも、言われてもなぁ
家賃も聞いてへんし

でも、平次の部屋、めっちゃ広かったよなと思い出して、私、払えるんやろか、と、不安
になった

「オレと、おばちゃんと、和葉で折半や」

オレは家賃払ってへんし、おばちゃん、多分
あの調子やとしょっちゅう来そうやから、そ
う言うて話はつけてある

その代わり、オレの飯、よろしくな、と笑う
平次

事件が終わっても、大きな地殻変動が起きて
続いているようやった

東京に来て4カ月強程の月日が流れて、それ
までの10年よりも何倍も長いような時を過
ごした気もするけれど

あれだけ捜しても逢えなかった平次と再会し
て、一緒に事件も解いて、自分らの家族に振
りかかった災難も、決着を付けた

私らを引き合わせてくれた一課長はこの世を
去って、新しい一課長が来て

あと数カ月後には、志保さんも、降谷係長も
ここを去ってしまう

色々あったけど、せっかくまとまって来たチ
ームが散開してしまいそうで、何だか酷く淋
しくなった

「和葉、どないした?」
平次は、私が体調が悪いのか、それとも勝手
に引っ越しを進めたんが、やっぱり嫌やった
か?とか、色々心配してくれた

こんなに優しかったっけ、優しかったな、と
思い出すけれど
私が一緒にいた頃の少年とはもう違うてて

私ひとり、変化について行けてへんような気
がしてた

「うわぁ、東京でもこんな景色、見られる
んやね」
「おぉ」

休日、平次がバイクの背中に乗っけてくれて
平次が学生の時、ようひとりで来ていたと言
う場所に連れ出してくれた

夏の終わり、バイクでの外出はアンニュイな
気分になりそうな私を元気にしてくれる

「オマエ、何でバイクの免許取ったんや?」
「アンタのせいや」
「オレ?」

ペットボトルを煽っていた平次が、意外そう
な顔をした

「アンタは覚えてへんかも知れんけど」
その昔、いずれバイクの免許とって、後ろに
乗せてくれると言うたんは、平次やった

「オレ、ちゃんと覚えてたで?」
「え?」
「せやから、真氏がバイク乗りやって知って
無理言うて免許取らせてもろうて、乗ってた
んや」

いつか、和葉と再会したら、約束通り乗せて
やらなアカン、思うてな

暑いけれど、心地ええ風が抜ける
街並みを一望できる高台は、どこか寝屋川で
よう平次と見に行った高台と似てた

「オレ、情け無いけど、まだあの街にも、家
にも、学校にも行けへんのや」

今でも時々、夜中に飛び起きる事がある
だいぶ平気になって来たけど、と言う平次

「私もそうやねん」

今でも時々、ひとりで事件を追っていた頃に
引き戻される夢を見る

怖くて、どうしようもなく震えて、携帯に入
ってる平次と映した写真を見て、何とか落ち
着けるんや

もう、平次は帰って来てくれたんやって

「和葉もなんか?」
「うん」

そうか、と呟くと、ホッとした、と言う平次
自分だけやと思うて、早う慣れなアカンと思
うてたらしい

オレも、和葉やみんなと映した写真、見て落
ちつくんや、と柔らかな笑みを浮かべた

平次とは、キスやハグは時々する
それ以上のことも、いずれはするんやろうけ
ど、私も、平次も、まだそこまで気持ちが追
いついてへんのや

いや、違う
気持ちが追いついてへんのは、多分、私の方
やね

平次は、待ってくれてんのや

「なぁ、和葉」

そう言うて、平次はある提案をしてくれた

第8章後編へ、
to be continued 

7th heaven side B

Ame&Pixivにて公開した二次創作のお話を纏めて完成版として倉庫代わりに置いています^ ^

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