You're all surrounded [第7章−前編]

第7章 訪れる過去・前編
[1]
**2017年8月某日 ~服部平次の記憶**

和葉とオカンらの墓参りを終えて、東京に戻
ったオレと和葉は、榎本係長の家へ招かれて
いた

庁舎内で話をする前に、オレと和葉には確認
しておきたい事がいくつかあるので、と
工藤の両親から提供されたデータ

和葉、降谷夫妻、オレが個人で回収したデー
タ公表されているデータを、4人で整理した

24年前の和葉の父親が犠牲になった事故に
ついては、現在、その当時の関係資料は閲覧
制限がかかっていて、見る事は出来ない
それを、ハッキングしてデータを抜いたのだ
降谷係長は

その資料はなかった事にしたい人らが誰なの
か、それを探るために、わざと痕跡が残る形
でハッキングをして、察監の聴取を受けたと
言うのだ

元公安エースで、伝説の捜査官と言われただ
けあって、必要なデータ、情報は完璧に入手
していた 

総ての始まりは、24年前のあの事故
あの事故の裏には、政財界を巻き込む大きな
陰謀が隠されていた

日本版FBI、日本版CIAをと目論んだ警察機構
と検察機構

極秘裏にそれを推し進めようと企む面々と、
それに反発する面々が、密かに激しい激突を
繰り返していたらしい

そして、直接対決の場となったのが、当時大
規模な汚職問題に揺れていた大阪府警
新しい組織を推し進めたい面々が目をつけた
のが、遠山銀司郎(29歳)だった

ずば抜けた捜査能力、統率力を買われて白羽
の矢が立てられ、まだ自分はその器では無い
と拒絶するのを、最後は生まれて間もない娘
を盾にされて、半ば脅迫紛いの形で引き受け
させられたらしい

揺れる大阪府警を、彼を投入した面々の思惑
を超えて活躍した遠山氏は、段々と自分の知
ら無いところでのpower gameに気がついた

そもそも、府警の汚職問題が勃発した原因は
強硬派と慎重派がそれまではイーブンの配分
で吸い上げていた活動資金が、バランスを失
って取り合いになった事が原因で

その裏金問題や、一連のトラブルは、ずっと
長年に渡り続いていた事で、歴代の本部長は
みんな引き継いでいた事も知ってしまった

遠山氏は、その事実を知り、激しく悩んだ
そして、自分の使命を果たそうとした

「和葉に、そして間も無くこの世に生を受け
る親友の息子に、恥じない仕事をする」

大滝現大阪府警本部長は、何度もそう口にす
る遠山氏をはっきりと記憶していた
ただ、そう言うばかりで、何を思い詰めてい
るのかは、聞き出せなかった事を、今でも後
悔していると証言している

そして、遠山氏は両方の陣営にとって、一番
触れて欲しくない、何かを掴んでしまってい
た様子

「資金源の一つになっていたある組織が、お
そらく実行部隊だ」

降谷はそう言っていた
その組織は、就任間もない遠山氏が最初に撲
滅したあの組織

「報復って事ですか?」
「その意味合いもあったのだろう」

遠山氏を消す事には成功したものの、遠山氏
が掴んだらしい「証拠」を回収する事は出来
なかった
そして、おそらく、遠山家を調べても何も見
つからなかった

ところが、10年前、事態が急に動き出した
1つは、工藤優作氏が、あの事件を調べ始め
取材を始めた事が公になってしまった事
もう一つ、時間を同じくして、服部静華が、
何かを掴んでしまった事

「10年前、大阪寝屋川で発生したあの事件
は、どちらもあの組織が絡んでいた」
遠山氏が、就任直後に壊滅状態に追い込んだ
組織の残党が再結成した組織が行なっていた
犯罪

「精巧な偽金、スーパーコピー作りだ」

様々な分野の腕の良い技師を集めて、決行さ
れていた組織的犯罪
その完成度は高く、日本の紙幣のみならず、
海外紙幣にも手を伸ばして、再結成された組
織の重要な資金源となっていた

「組織は、足がつく事を恐れて、製造拠点を
日本から海外へ移す計画を立てていたみたい
だな」

「優秀な技師のうち、何人かは連れて行くつ
もりだった見たい」

数人は指導員として連れて行き、用事が済ん
だら始末するつもりだろう、と言う降谷夫妻

「では、最初の事件の被害者は?」
「おそらく、夫婦で移住してと言う条件で組
織の提案を飲んだ
でも、浮かれた夫婦が海外旅行がどうの、と
騒いでいることを知り始末された」

「第2の事件の被害者は、おそらく最初の事
件で恐れをなしたのだろう」

逃げ出そうとしたのを察知されて消されたの
か、または、何か組織にゆすりをかけたのか
今の段階では、どちらとも言えないが

「おそらく、犯罪の証拠を掴んだのは、この
第2の事件やと思う」
和葉は、そう言った

「第2の事件現場で採取された特殊インクか
ら、おそらく何かヒントを得たのかも」
この現場からは、きっと他にも何か出たはず
なんや、と

「取り敢えず、24年前の事件と、10年前の
大阪の事件までは、これで繋がったな」
問題は、服部の母親の事件をどこに置くべき
か、と言うことだ

「大阪寝屋川市の連続強盗殺人事件の3番目
とするべきか、24年前の事件の続きとする
べきか」
榎本係長は、その置き場によって、事件の見
方がかなり変わってくる、と言った

「遠山の母親も、服部の母親も口を閉ざして
密かに捜査した結果も未だに公開しない経緯
は、オレにはわかる気がする」
「「え?」」
「ええ、私も」
榎本係長もそう言う

「池波ホールディングスが絡んで来たとなれ
ば、話は厄介だ」

降谷が話を始めた

「まず、池波ホールディングスについて」
戦後から続く一大商社で、その財力はすさま
じい物があったと言われている旧財閥のひと
つだ

現在もかなりの影響力を多方面に持っている
んだが、さすがに全盛期の頃の勢いは無い
一時は危険な水域まで傾きかけた会社を、
建て直したのが、現在の社長である池波平蔵
氏だ

24年前、25年前だったか
大阪府警本部長の座を降りて、池波一族の最
後の直系子孫である瑠花と、電撃結婚を果た
した

「絢爛豪華な結婚式は、皇族のそれにも引け
を取らない豪華さで華やかに執り行われたみ
たいだわ」
榎本係長が、当時の記事を映像に映した 

「現会長の池波源太郎氏は、警察官僚時代、
平蔵氏の上司だった時期もあるらしくて、そ
の結婚当時、警察を去り、国会に出たばかり
でね」
その結婚については、色々な噂が出たと言う

「池波源太郎氏は、現在も警察組織に多大な
影響力を及ぼしている
その一方、平蔵氏は一切の関係を絶って、警
察とも、源太郎氏とも距離を置いている」

「平蔵さんと瑠花さんを引き合わせたのは、
源太郎氏ですか?」
和葉の問いに、榎本係長が首を振った

「「え?違う??」」
驚くオレと和葉に、教えてくれた

「私達も驚いたわ
てっきり、そうだと思っていたから」
現実は違っていた、と言う

ある事件現場に遭遇した瑠花氏が、平蔵氏に
一目惚れして、かなり強引にアプローチした
らしい

「それはもう、すごかった見たいよ」
榎本係長がいくつかの記事をアップする
まぁ、雑誌なので素敵アピールのために、話
が美談にすり替えられては居るが・・・

「ある種、現代で言ったらストーカーやん」
記事に目を通した和葉は唖然とした顔でそう
言うた

「ええ、そうよ」

そんな時、池波瑠花氏の古い記事を見ていた
和葉が、慌て始めた
「和葉、どないした」
「これ!コレや!」

結婚前のインタビュー記事をいくつかピック
アップして映し出された映像

和葉は、自分の鞄から小さなジュラルミンケ
ースを取り出すと、鍵を開けた
手袋をして、ビニールから銀色の鎖を出した

「それは!和葉!なんでオマエがそれ、持っ
てんのや!」

映像の中で、瑠花氏の胸元で輝く銀色の特徴
があるペンダント
500円玉と同じくらいの大きさのコイン型の
ペンダントトップ 

そこには、ダイヤと精巧な彫刻が在った
花が咲き誇る図柄に特徴がある
和葉が、オレを探して飛び込んだ化学室で、コレを拾った、と言う

「何で今まで言わんかったんや!アホ!」

「忘れてたんや!事件直後はよう取り出して
調べてたんやけど」
和葉が、平謝りして、そのペンダントについ
て説明する

「どこかのブランドの特注品かと思うんやけ
ど、目ぼしいブランドはもう一通り調査した
んやけど…」
どこにも該当は無かったらしい

「素材は、純プラチナ、ダイヤは大きさはあ
まり無いけれど、粒ぞろいの透明度も高いモ
ノやから、素材だけでもかなりのお値段がし
たハズやねん」
榎本係長も手袋を出して、それを手に取った

「そうね、オートクチュール…なのかしら
コレ、もう指紋とかの検出は済んでるわよね
そのデータは保管してある?」
「はい、そして、あの科学室で拾った証拠も
検出してあります」
和葉がデータを映像に出した
「この事は、聴取にもどこにも無かったけれ
ど、どうして?」
「お母ちゃんも知らないはずや」
「は?何でや」
「あの当時、最初の頃はお母ちゃんの事冴羽私、疑っててん」

誰にも内緒で保管して、いつも持ち歩いてい
たケースの奥底にしまい込んでいて、いつし
か忘れていた、と言う

「冴島と沖田に調査させる」
希少価値は高そうだから、おそらくルートは
いずれ、おのずとわかるだろう

「なぁ、梓、現在6係で抱えている事件は、
進捗、どんな感じなんだ?」
「そうねぇ、」
驚くオレと和葉を忘れているかのように、梓
零さん、と呼び合い話をしていく2人

「それを利用しよう」
翌朝、1日遅れにはなったが、工藤、毛利、
黒羽、冴島、沖田、オレ、和葉が会議室へと
召集された

「これから1週間、ここに居る全員に特別な
任務に就いてもらう」

そう宣言した降谷が、24年前の事件、10年
前の事件、について、説明をした
そして、その事件に、オレと和葉がどうかか
わって来たのかも

「わかりました、全力で手伝います」
そう言った工藤は、では自分は何から手を
つけたら良いのか、と尋ねた

「これから、工藤、黒羽、毛利の3名には、
現在6係が担当しているこの事件を担当し
てもらう」
配布された資料には、アイドルの薬物使用疑
惑に関する情報が記載されていた

「この事件、一大マーケットになっている仕
切りを、例の組織がやっていると言われてい
て、そこに、この池波春人が関係していると
言う噂だ」
事件解決と、池波家の状況を探るためのきっ
かけを掴め、と言うのがお題として工藤達に
は託された

「冴島、沖田は、このペンダントの素性を
探ってくれ」
販売ルートから、持ち主を特定するためだと
して、証拠品のペンダントが託された

「遠山、服部」
2人で、現在6係と7係が継続事案として抱え
ている事件を内密に引き取り、決着をつけ
ろ、と言われる

「オマエ達2人は、それをこなしながら、集
められて来る情報を即時分析、解析して共有
するんだ」

「オレと榎本係長は、大阪の大滝本部長と連
携して、当時の捜査員や関係者を特に上層部
に絞り込んで調べて行く」
全国に散った人を追うので、出張や不在が増
えるが、わかってるな? 

「はい」

それから、として、降谷係長が宣言した
オレと和葉は、絶対に池波家の面々と自らの
接触はしてはならない、と

「オマエらは知らなくても、向こうは何か都
合の悪い真実を握っている可能性が高い
池波家は、表向きは警察関係者との結びつき
が強いが、裏ではかなりやばい面々との繋が
りも長きに渡り確認されている」

油断は絶対にするな、いいな、として会議は
散会し、とっとと片付けて、みんなで飯でも
行こうぜ、と言う黒羽と冴島の言葉に賛成し
全員が、それぞれの持ち場に就いた

オレと和葉は、決着がつきそうなものをより
分けて、手分けして片付ける一方、長期戦に
なっているものを、1から見直して捜査をし
直して行く作業に忙殺されたんや

特に和葉は、情報分析作業の方にも時間をと
られて、文字通り、眠る時間も無い日々に陥
った
疲労困憊でも、まだ動こうとする和葉に、お
前の頭脳が止まれば、みんなが困ると言うて

「外回りはオレがする」
そう言って、和葉を出来るだけ庁舎内か室内
にとどめて、証言聴取や足を使う捜査はオレ
が主軸で動いた

単独で捜査していた時とは、比べ物にならな
いスピードで、捜査は進んでいた

そんな時だった
ペンダントの捜査をしていた冴島と沖田にア
クシデントが発生したのだ

和葉と駆け付けた病院
手術室前には、項垂れる沖田が居た

「服部、スマン」
昼食を摂って、車に戻る途中、自分の携帯を
店内に忘れた事に気が付いて、沖田が冴島と
離れた一瞬を襲撃されたと言う

沖田が駆け付け、応戦した直後、やつらは車
で逃走してしまった、と

「冴島のやつ、血だらけでもう意識もなかっ
たのに、犯人の脚にしがみついてた」

ペンダント、と言うて、と言う沖田の悔しそ
うな声に、オレは胸を痛めた
オレの事件に巻き込まれなければ、冴島はこ
んな目に遭わなくて済んだ

許せない
手術室から集中治療室へと搬送される冴島を
駆け付けた一課長も顔を歪めて見送る

「一体、何があったの?」
そう言う一課長から、逃げるように走り去っ
たオレを、和葉が追いかけて来た

「平次!どこ行くつもりなん?」
「煩い!離せ!どこでもええやろが!!」
「アカンって!アンタ、池波家に乗り込む気
やろ?」
「だったら、どうだって言うんや!
冴島の敵、取ったるわ!」

ふざけんといてっ、と言う声と共に、オレは
顔を思いっきり叩かれた
オレを抱き締めて離さない和葉

「アンタの気持ちはわかる
でも、アンタがこうして感情で動いたら、も
っと犠牲者は増える」

アンタは、刑事や
ちゃんと、法の裁きに従って、犯人を正当な
方法で逮捕すべきや
せやから、今は堪えてや、平次
お願いやから、今は、我慢して
私も、傍に居るから
私も、我慢、するから

引き離す事も出来ず、抱き締める和葉の肩に
頭を預ける事しか出来んかった

冴島の意識が戻り、ペンダントの事を詫びる
冴島に、オマエは悪くない、と言うて、とに
かく身体を治す事に専念してくれと言うてオ
レは集合のかかった庁舎に戻った

オレ達を待っていたのは、察監の抜き打ち検
査やった

捜査資料一切どころか、庁舎にあった私物ま
で回収していく手口に、オレはキレた

「どうせ、回収したって、アンタら調べる気
なん無いんやろ?オレらの仕事、邪魔して時
間稼ぎ、したいだけなんやろ?」

せやったら、こうしてくれるわ!
自分の端末、和葉や係長の端末から何から、
全部を破壊した

オレを止める和葉も振り切って、壊す
工藤も、オレを止める振りをしながら、工藤
自身で壊して行った

騒ぎを聞きつけた人らが入って来られんよう
黒羽が邪魔をして、病院から駆けつけた沖田
も参戦した

「オマエら、前島刑事の方の捜査はどないし
たんや?ちっとも進んで無いくせに、もうオ
レらにターゲット変更って、そらちょっと、
都合、良すぎるんちゃうか?」

「依願退職したって噂ですけど、それってお
かしいですよね?明らかに現場放棄して犯人
取り逃がすきっかけを作って?そんな刑事が
何の懲罰も無しに退職って」
工藤がそう言うと、明らかに表情を変えた 

「ところで、監察って、本当に上層部の命を
受けた監察なんですか、これ」

「え?」
「せや、監察出来る部署に所属してんの、ア
ンタだけやん」
和葉の指摘に、黒服スーツの面々の動きが止
まった

「アンタ、公安の人やね
アンタに至っては、ホンマに警察官なん?」

「おい!コイツラ全員、緊急逮捕しろ!」
黒羽の声に、近くにいた刑事達が次々と手錠
をかけ始めた

「あ、自殺とかしちゃダメよ?」
にっこり笑った黒羽が、舌を噛み切れないよ
うにして行き、沖田と工藤が次々と彼らの所
持品から危険物をどかして行った 

(服部、和葉ちゃんと庁舎を出ろ)

黒羽にそう言われて、オレは2人で庁舎を出
ると、冴島の入院中の病室へと向かった

「オマエもクズか、もう、息子でも何でも無
い、勝手にしろ!」

病室から年配の白衣姿の男性が出て来た
取りあえず、頭を下げたオレと和葉に軽く返
したが、怒り心頭といった様子で廊下を歩い
て行った

「遠山、服部」
ベッドの上で、冴島はもう端末で何やら仕事
をしていた

「まだ、休んでおけや」
「いいんだ、じっとしてるのも疲れるし」    

そう言って、端正な顔を歪めて笑った
いつもは、優雅で穏やかな笑みなのに

「冴島、貢ぎモノ、持って来たでー」
沖田が、庁舎内の女子から預かって来たと言
う見舞いの品の山を持って現れた  

「すっごい」
和葉もびっくりな程のその量に、受け取った
冴島は困った笑顔を見せた
少しは休め、と言った沖田と和葉に、少しだ
け話を聞いて欲しいと言った冴島

「オレ、救命救急士だったんだ」
家が代々医者の家系で、親族含め、全員が医
療関係者だと言う冴島

最初は、自分が医師になる事に何の抵抗も無
かったし、憧れだった自分の兄の背中を追う
ようにして、医師になれた時は、むしろ喜び
しか無かった、と 
家族の反対を押し切って、一番過酷な救命の
現場に足を踏み入れてから、兄や家族とはど
んどん距離が離れた、と  

「恋人には愛想つかされて、でも仕事は待っ
てくれなくて」
それでも、遣り甲斐があったし、頑張れたと
言う冴島

「そんなある日、母親から電話が入った」
兄が、恋人を連れて家に挨拶に来ると言うか
ら、自分にも顔を出して欲しい、と

「あの堅物の兄が、どんな女性と付き合って
いたのか、ちょっと興味もあったし、久しぶ
りに兄に逢いたかった」

だから、珍しく喜んで実家に帰った、と
でも、待っていたのは、修羅場だった
泣き叫ぶ母親
ゴルフクラブを振り回して暴れる父親
そして、土下座して詫びる兄と
その隣には

「わかって欲しい、僕はずっと、自分の気持
ちを隠してここまで来た」
でも、もう、嘘は吐けない
僕は、この人と夫婦として生きて行く
たとえ、理解してもらえなくても

「何が何だか、わからなかった
兄が連れて来ていたのは、男の人だった」
あまりのショックに、後ずさるオレに気が付
いた兄と目があったんだ

混乱して、家を飛び出したオレは、後を追い
かけて来た兄を振り向きもせず、道路に飛び
出し逃げた

「その直後だった」
無理な横断をした兄が、跳ねられて即死した
のは

「オレは、兄を助けられなかったし、理解、
してやる事も出来なかった」
「もしかして、オマエはその手の店に現れて
いたって言うのは…」

沖田の言葉に、冴島は頷いた
その時、兄が連れて来ていた人が自殺しない
ように見張っていた、と 

「でも、もうそれも終わったんだ
その人に言われたんだよ、彼女に誤解させた
らダメだって
もう、自分は大丈夫だからってね」

「冴島、恋人居るんか」
「いや、恋人は居ない
これから、見つけるつもりだけど」
「実はオレ、榎本係長とNYで出逢ってるん
だよ」
「えっ!」
兄の事件後、ショックから立ち直れなくて
病院に辞表を出して日本を離れたんだ

街中で、自分と同じように街を彷徨ってるあ
の人を見た 

オレは一目惚れだったんだけど、と淋しそう
に笑った

「別に男女の関係は無かったよ
オレはあっても構わなかったんだけどね」
お互いの傷を舐め合うみたいにして、話をし
たり、一緒に観光したりもした、と

「最終日、連絡先を渡そうとしたのをかわ
されて、オレの知らない間にもうNYを出てし
まっていたんだ」

だから、一課に配属されて、隣の課に彼女が
居ると知って、自分はあの時彼女が恋しがっ
ていた男の部下になったと知り、驚いたと
オレはなんとなく、榎本係長の声を思い出し
ていた

「みんな何かしら、どこかに傷を負ってるの
貴方だけじゃないのよ」

冴島言った

「出逢いにも、別れにも、意味があるんだ」
だから、そのひとつひとつを、おろそかにし
てはいけない、と

その夜は、冴島の病室でみんなで寝た

沖田も、自分の傷を話して、すっきりした顔
をして、爆睡していたし、和葉も、オレの隣
で力尽きて眠っていた

翌朝、オレと和葉は庁舎に戻った際、駐車場
でかなり思い詰めた顔をした一課長が、ひと
りで車に乗り込むのを見た

「何か、一課長の様子、おかしくない?」
和葉の言葉に、オレ達は尾行する事にした

「降谷係長、一課長が何か様子がおかしいん
で、平次と追跡を開始します」

降谷は、捜査で現在郊外に居ると言い、自分
も至急向かうので、見失うな、と和葉に言っ
たらしい

和葉は、カメラをONにして、リアルタイム
で仲間に見られるようにセットした

一課長の車は、議員会館近くの駐車場に停ま
って、思い詰めた顔をした一課長は、議員会
館へと吸いこまれて行った

和葉が後について行き、戻って来たのは、20
分程経過した頃だった

向かった時よりも、激しい怒りを秘めた様子
で現れた一課長は、車に乗り込むと、暫くの
間、ハンドルに頭を預けて動かなかった

「部屋の近くまでは行けなかったんだけど
宮野一課長、泣いてた」
「え?」
「泣きじゃくる、ってワケじゃないの
すっ、と涙がね、落ちるの見ちゃって」

どんなにツライ時も、泣いている顔を見た事
は無かった

オレの後見人として顔を見せてくれたのは、
オレが19歳の春の事だ
一緒に入学式に行ってくれて、保護者席でそ
れを見守ってくれて、ごちそうしてくれた

山ほど買ってもらったスーツは、今でも大事
に着ているし、贈ってもらった本とかも、と
ても大事に保管している
オレが泣きごとを言うても、明るく励まして
くれたんや

仕事でかなり大変な目に遭ってる場面にも、
何度もでくわしたけど、泣いた姿は見た事が
無かった

「平次、車が出る」

私、運転しようか?と言う和葉の声に意識を
取り戻し、追跡を再開した

今日はこの後、湾岸エリアの何かの式典に出
る予定があるみたいだと榎本係長からメッセ
ージがあった

その通りに、湾岸方面へと車はすべるように
走って行った
その瞬間だった

十字路の交差点から、大型トラックが突っ込
んで来て、一課長の車を押し出すようにして
オレ達の目の前を横切ったんや
トラックは、一課長の車を押しつぶして停ま
った

車を停めて、和葉と飛び出した
原型をとどめない車から、どうやって引きず
り出したか、記憶が無い

「み、宮野さん、一課長?」

血だらけで、和葉が上着を脱いで必死に止血
しても溢れだす血

オレの腕の中で、一課長の唇が動いた
何や?何を言いたいんや?

「しっかりしてや!一課長、まだ死ぬには早
過ぎるで!」

何かを、繰り返し訴えて、そのまま力が抜け
て行く身体を、しっかりと抱き締めた

アカン、まだ、アンタには言わなアカン事
ぎょうさんあんねん
恩返しかて、まだ何も出来てへんし
教えてもらわなアカン事が仰山あんねん!

「うわぁぁぁぁっ!!」
力の限り、オレは絶叫した

[2]
**2017年8月某日 ~遠山和葉の記憶**

神様は、平次に意地悪だ

平次が英治として生きて行く中で、ずっと心の支えにしとった後見人は、宮野一課長

平次は、一課長が自分の後見人になった経緯に疑問を持ち始めていた

直接、聞いてみる、と、平次が覚悟を決めた
そんな矢先やった

あの事件の時、私が拾ったペンダントを調べ
ていた冴島さんが襲われて、大けがをした
そのペンダントは、盗まれてしもうたんや

唯一の証拠品やったけど、私は万が一を考え
て、黒羽くんに提案された通り、ある人に偽
物を作ってもろうてあった

本物からは、採取出来るだけのモノは採取し
つくしてあったし、わざと、私や黒羽くんの
指紋も残した

冴島さんと沖田くんには、もしペンダントを
狙って襲われたら、迷いなく差し出せ、と言
うてあったんに

真面目な冴島さんは、抵抗して酷い目に遭っ
てしもうたんや

おまけに、宮野一課長が、私と平次の目の前
で事故に遭った

明らかに、一課長を狙ったとしか思えんその
事故は、私達は抱えている案件が多過ぎると
されて、担当から外されてん
それだけやない

特別監査と言う名の元に、6、7係にだけ何
故か査察官が大量にやって来て、私達の荷物
を私物も何もかも、持ち出そうとしたんや
幸い、黒羽くんや工藤くんらが加勢して、そ
れが偽の査察やって暴けたんやけど・・・

おまけに、担当チームがあれは交通事故だと
早々に決めつけてしもうたもんやから、平次
が庁舎内で大暴れする事になった

平次をしばいて、大人しくさせてから、私が
分析結果を突き付けた

あの大型車両から消えた運転手は、出頭して
来たけれど、居眠り運転やった、と言い続け
てん

「アンタらの目は、節穴か」

近隣の防犯カメラ映像、チェックしてへんや
ろが、アホ、と言うて、私は映像を流した

私らがあの道路を通る2時間前からその車は
路肩に止まってて、運転手は車の回りをうろ
うろ煙草を吸うてたり、電話しながら時間を
潰しててん
車内に入ったんは、私らが通過する10分前

「これで居眠りとか、ありえへんやろが!」

映像データを叩きつけて、一喝した
慌てて飛び出して行く面々を見て、ため息を
吐いた
平次に内緒で降谷係長に呼び出された

「服部には、もしかしたらこれからもっと
残酷な現実が突き付けられるかもしれない」

それでも、オマエはパートナーとして傍に居
る覚悟はあるか、と 

「大丈夫です、何があっても、最後まで一緒
に居ります」
「だったらオマエは絶対に、無事でいろ」

係長はそう言うた
実の母を目の前で殺されて、その後支えにし
ていた人が目の前で殺されそうになるのを見
たんだ

そのショックは計り知れないだろう、と
その上、オマエに何かがあれば、間違いなく
服部の精神は破壊される

「だから、遠山と、オマエの母親は何がなんでも生き延びろ」
「はい!」

平次は捜査の合間を縫っては、一課長の病室
に顔を出していた

「なぁ、平次、傍に居るだけやなくて、ちゃ
んとアンタの声、聞かせてやってや?」
「声?」
「せや、呼吸しか出来てへんでも、耳は聞
こえてる場合があるんやって」

昔、言われた事があるのだ
事件に巻き込まれ、寝たきりになってしもう
た被害者の母親に

だから、ちゃんと呼んであげてください、と
残念ながらその人は亡くなってしもうたけど
その母親には感謝された
手を握って、話してくれてありがとう、と

「わかった、やってみる」
「後、志保さんが言うてたわ
何か、写真か何か、一課長との想い出になる
ものをひとつ、枕元に置いておいてやって」

目を覚ました時に、淋しくないように

「わかった、何か考える」

ほな、私、捜査に出るから、と言うて通話を
終えた
私は、蘭ちゃんと榎本係長と黒羽くんと組ん
で、情報収集をしとんねん

池波瑠花を調べよう、と決めて、彼女の通う
美容院、エステ、ショップ、ネイルサロンと
お客として潜入して、スタッフから彼女の状
況を調べててん

とにかく派手な交流を好む人らしく、さすが
に全部は回り切れず、有希子さんと優作さん
にも協力してもろうた

「蘭ちゃんと、和葉ちゃんが頑張ってるんだ
私たちにとっては、娘みたいなモノだからね
もちろん協力するよ」

そう言うて、パーティーやら何やらの方は2人が一手に引き受けてくれてん

みんなが、平次に、服部平次としての人生を
ちゃんと取り戻してやろうって、必死になっ
て協力してくれてん

冴島さんも、ベッドの上でちゃんと有力情報
引き出してくれたし、おかげでペンダントの
秘密も判った 

30数年前に、限定1000個だけ製作された
オートクチュールのジュエリーやった
しかも、オーダーする人の名前をモチーフに
した作品で、当然やけどオリジナル
デザイナーさんは、コピー製作を否定した

そんな中、私は冴島さんのお見舞いの後、ふ
と気が付いてしもうた

「医療法人華櫻会」系列の病院やん、と
そして、院長と遭遇したんや

「あの、もしかして冴島さんですか、と」

振り返った院長に尋ねてみてん
新幹線の事故で、うちの母を助けてくれた
んは、院長ですか、と

「母って…もしかして、君は遠山さんのお
嬢さんか?」

「はい、父と母、どちらか知り合いでしょ
うか?」

時間、あるかね、と言う院長に、少しならと
応えて、私は院長室に通された

「お母さんは、その後どうだね?」
「はい、ぴんぴんしてます
やめなさい、言うのも聞かんで、毎日元気に
仕事と病室の往復しとるみたいで」

その節は、ホンマにお世話になりました、と
言うと、目を細めた

「あのお嬢ちゃんが、こんなに大きくなっ
たんやなぁ」
「ホンマは、関西出身なんや
普段はすまして、関東弁でごまかしとるん
やけどな」

そう言って、いたずらっぽい笑顔を見せた院
長は、冴島さんが言うてた印象と少しだけ違
う気がした

30年前は、関西の病院で働いていたと言い、
その当時、遠山家と服部家と繋がりがあった
と言う

「お嬢ちゃんを取り上げたんは、オレや」
「へ?」
「もうひとり、平次くんを取り上げたんも
そうやねん」
「・・・」

院長が教えてくれた
たまたま、知り合いの病院で友人を待ってい
た時に、救急で駆けこんで来たんがうちのお
母ちゃんと、おばちゃんやったと

「お嬢ちゃんはなぁ、のんびりやさんやった
みたいで、お母ちゃんのお腹の中にちょっと
長く滞在し過ぎたみたいで」

駆けこんで来た時、お母ちゃんも私も危ない
状況やった、と言う

「友達手伝って、お産に立ち会ったんや」

元気よう、可愛ええお嬢さんが生まれた時は
みんなでほっとしたし、と笑う

「駆け付けた嬢ちゃんの父親も、部下の人も
みんな喜んでてなぁ」

その光景を見て、自分の仕事を改めて考えた
と言う

まさかその2年後、今度は付き添うてた人の
お産に立ち会う事になるとは、思うてなかっ
たけどな、と

「平次くんの時もなぁ、大変やったんや」

中々出て来てくれへんで、もう帝王切開に切
り替えんと危ない、と言うギリギリのタイミ
ングで漸く出て来てくれて、と

「そもそもオレ、産科医や無いのに2人も取
り上げてしもうてな、わはは」

偶然とは言え、何か縁があるんやろ
そう言うて笑う

「大阪で医師をしてたのはな、オレ、家出し
ててん」

病院の跡を素直に継ぐ気になれなくて、修行
と称して関西の知り合いの病院を渡り歩いて
いた、と

「元々、華櫻会は、関西にあった医院が出発
点やねん」

それを、一族が東京に拠点を移して、大きく
したんが、現在の医療法人華櫻会グループや
と言うた

「うちのアホ、ちゃんと職場で仕事、出来て
んのか?」
「出来てるも何も、めっちゃ頼りにしてます
私も、ケガした時手当してもろうたおかげで
跡も残らず治りました」
「そうか」
「お父さんも、びっくりされたでしょう」

ふと哀しそうな顔をした院長

「長男の事、アンタに話したんか」
「はい」

自分たちのチームだけの秘密です、と言うて
話すと、そうか、と呟いた

「オレが関西で好き勝手やっとった間な、嫁
は慣れへん関東で、親戚やらオレの親やらに
猛烈なプレッシャーをかけられとったんや」

嫁いだ以上、立派な跡継ぎを養成せよ
一家の主を立てて、1日も早う、病院を大き
くするんが、アンタの役目や、言うてな

「嫁は、生まれたばかりの長男を抱えて、
そらもう苦労したんや
でも、オレには何も言わんかった」

ただ一度、ボロボロの服を着た長男を連れて
自身もぐちゃぐちゃな服装で大阪に現れたと
言う

「夜中に屋敷を抜け出して、大阪まで逃げ
て来た、言うてたわ」

それで、どれ程子供と妻に負担をかけている
んか、反省して、東京に引き揚げたと言う院
長やった

「東京に戻ってからは、一心不乱に病院を大きくして、一族を養う事だけに専念した
誰も、嫁に文句を言えんようにな」

でもその半面、子供たちには厳しくし過ぎて
しもうた、と

「だから、長男の性癖に気が付くのも遅れて
しもうてん」

親族から、次の世代を、と言われて長男には
嫌がられたが、見合いの予定が詰まっていた
と言う

「普段は反抗もせん、ええ子やのに、結婚
だけは、最後まで首を縦に振らんかった」

その時点で、息子と対峙すべきやった
どうして、見合いも恋愛も嫌なんかってと

「差別する気は無い
とはいえ、いきなり息子にカミングアウトさ
れて、すぐには状況が飲み込めんかったんや」

弟の、晃が受けるショックや、そう言う兄を
持つ弟として、晃がどんな目で世間から見ら
れるんかと思うたら、パニックになっしてし
もうてな

救命救急の現場で働きたかった、と言う院長
家族のために、と、抑圧し続けた思いが爆発
してしもうた、と涙を落した

「もっと冷静に、対処しとったら、晃を追っ
たアイツが、事故死する事も無かった
晃が、責任を感じて苦しむ事も無かった」

そう言うて、俯いてしもうた院長の背中をさ
すってやった

「大丈夫や、私や平次はおかげさまで色々
あっても丈夫やし、元気にしとります
それに、冴島さんも、医療の知識や経験を
大事にして、立派に刑事としてやってます」

せやから、見守ってやってください

冴島さんのお母さんにも、大丈夫やって、ア
ンタの息子は元気に頑張ってるって、そう言
うてやってください

「私と、平次にとって、お母ちゃんは最後の
砦やねん
それを助けてもろうて、ホンマに感謝してま
す、ありがとうございました」
「…こちらこそ、おおきにな、嬢ちゃん」

オレの人生は、嬢ちゃんの誕生や平次くんの
誕生を経て変わった
この間の新幹線で、偶然隣り合わせた嬢ちゃ
んのお母ちゃんと再会出来て、事故に遭って

混乱する現場で、必死に医療行為をする自分
に驚いてん
まだ、医師として現役やってな

「オレが仕事を見直すきっかけは、いっつも
嬢ちゃんらの家族が関係するんや
コレはきっと、何かの縁があるからやろ」

いきなり息子に素直になるんは恥ずかしいか
ら、今日の事は内緒にしてくれ、と言う院長
わかりました、と約束して別れた

「お母ちゃんが退院して、事件が解決したら
お礼に来ますよって」

楽しみにしとる、と言う院長は笑顔やった庁
舎に戻ると、蘭ちゃんらが戻って来てて、
んなで報告会と夕飯を兼ねながら7係の部屋
で集まった

色々な店員さんやら従業員の人らの証言から
池波瑠花と言う人物は、雑誌などで紹介され
とるようなお上品なお嬢様とはかなりかけ離
れた人物である事がわかった

・待たされるのが大嫌い
・先の尖ったモノが嫌い
・短気で激昂型
・自己中心的

エステに行けば、従業員の支度が遅い、と暴
れて、気に入らなければその店員を解雇しろ
と騒ぐ
怒ると手がつけられないともあった

「この雑誌と、実情は相当違うわね」
そう言って笑っちゃうくらいに酷い状況で
せやから、私は心配した

あの事件で、現場から発見されたとしてあの
ペンダントを持って直接対決する、と言う係
長は、平次を連れて行く、言うてん

「どうせやるなら、ちゃんと心理戦に持ち込
みましょう」

と言う榎本係長の提案で、降谷係長と平次は
池波瑠花氏に面会出来た場合の面接方法につ
いて、いくつかアドバイスを受けて、練習も
させられてから、出て行った

私は、池波源太郎氏と、平蔵氏の更なる情報
を得るため、情報収集をしながら、平次がそ
の平蔵氏と面談するための場で、待機してい
たんや

池波源太郎氏は、在職中何度も大きな事件に
携わっていて、何度も表彰を受けていた
でも、その中身をよく調べて行くと、疑問だ
らけやった

何故、彼ばかりが大きな社会的に目を引く事
件にばかり関与出来たんか
偶然で片付けるには、おかしな事ばかりが見
えて来てん

一方、同じ表彰回数を経て、府警本部長に就
任した平蔵氏の方は、大小関係無く事件に奔
走した跡が見られた

ところが、平蔵氏の方は、本部長就任後から
その影響力が下がった事が判明した

部下達から一線置かれたと言うか、何と言う
か、本部長職を退く時も、本気でその退陣を惜しんだのは、ごく一部だったとされていた

「何か、あったんやろか」

それまでは、人望も厚く、府警の中でも幹部
候補として大事に育成されていたし、本人も
全力で事件を追っていたみたいやねんけど

平次が平蔵氏と面会するまでに、何とかもっ
と調べられへんやろか、と思う私は、大きな
失敗をしてしもうた

喫茶店から出てお手洗いに行き、戻る途中で
ぼんやりしとってぶつかってしもうてん

「すんませんでした!」
「いや、かまへん」
え?と思うて顔を上げて、血の気が引いた
池波平蔵、その人やってん

「お嬢さん、関西か」
「はい、大阪です」

「そうか、懐かしいなぁ」
そう言うと、こわもての顔で笑ったんや

「おっちゃんも、関西?」
「あぁ、大阪や」
えーホンマなん?ってか、そのイントネーシ
ョンやったらそうやな、と笑う私に、どこも
ケガしてへんか?と尋ねた

「全然、私、丈夫やし、問題あらへんよ
おおきに」
そうか?と言うと、秘書っぽい人に呼ばれて
ビルの中に入って行った

ワシも気をつけるけど、嬢ちゃんも気をつけ
て歩かなアカンで、と言うて去って行く姿を
なんとなく平次の姿を重ねた

転けた私の腕を掴んだ掌には、長年剣道をや
ってる人の掌のあとがあったし、年齢の割に
鍛えられた身体をしとったんや
身長や身体付き、歩き方
似てる、と思うた

降谷係長から、昨日のアドバイスが効いて、何とか証拠品を提出させた、と連絡が入る

「服部は、遠山が近くで待機してる事を知
らないから、そのつもりで」
「はい」

喫茶スペースに、平蔵氏が先に現れた
秘書を伴わず、ひとり席についた
少し遅れて、緊張した顔をした平次が入って
来た
挨拶をして、話し始めるところを確認した段
階で、私にトラブルが起きた

「ねえ、お姉さん、ヒマ?」
「ヒマなワケあらへんでしょ」
「おっ、大阪弁だ!親父と一緒だな」

へ?
振り返ると、池波春人が立っていたのだ

「うわぁお、横顔も素敵だけど、うん、
めちゃくちゃ美人だね、お姉さん」
「そらどうも、おおきに
でも、ヒマや無いから、放っておいてくれへ
ん?」
「えー、こんな美人放っておくとかありえな
いっしょー」

お姉さんの待ち人が来るまで、オレ、相手す
るし、と、私の許可無く目の前の椅子にどさ
り、と座ったのだ

テーブルには、仕事と判るものは置いてはい
ないけれど、色々なところに仕込みはしてあ
矢継ぎ早に質問をする春人は邪魔で仕方が無
かった

「あのなぁ、ええ加減にせえへんと、警察
呼ぶけどええ?」
そんな怒らなくてもいいじゃん
ちょっと遊ぼうって言っただけだし?

「私、めっちゃ機嫌悪いんやけど
さっさとどかへんと、ホンマに突き出すし?
ええの?」

ちっ、残念
また会おうね、キレーなおねーさん
手をひらひらさせて、春人は去って行き、
ふとその後ろに目を遣ると、工藤くんが私に
手をあわせて謝ってる

大丈夫、とサインを送って、工藤くんが春人
を追って行くのを確認してから、私は本来の
業務に戻った

「…これは懐かしい写真やな」
「覚えがありますか?」
「あぁ、もちろんや」
「ここに映っている人、全員ご存じで?」
「もちろんや」
ここに映っている服部静華は、オレのオカン
やねん
「は?静、いや、服部さんの息子さんやった
んか」

道理で、よう似てるなぁ、と言う平蔵氏に、
平次は少しいらっとした顔をした

「ちなみに、あそこで仕事そっちのけで寛
いでるオンナは、ここに映ってる遠山銀司郎
と、和美夫妻の娘や」
「平次!」
「嬢ちゃん、嬢ちゃんは、銀司郎のとこの」
「はい、スンマセン、平次が心配でこっそり
見に来たんです」

そうか、と言うと、平次が隣の席に座れと
いらだつ瞳で指示をした

「あの、うちの両親とは、どういう?」
お父ちゃんの前任者が池波さんやって事は、
最近知ったんですけど、と言うと、あぁ、
と言うてじっと私と平次を見ていた

「君は、いくつや」
26になりました、と言う私と、24やと言う
平次
「お母さんは、元気にしとるんか」

「???」
思わず顔を見合わせた私と平次に、平蔵氏
は不思議そうな顔をした

「…知らんかった、言うんか」
「服部静華さん、おばちゃんは、10年前に
亡くなりました」
「え?」
「殺されたんや」

絶句した平蔵氏に、平次が尋ねた
報道規制はあったとはいえ、かなりのニュー
スやったんや、知らんかったワケは無いや
ろ、と

「10年前と言ったね?それは、いつ頃の
事なんだ?」
「2006年4月や」

2006年4月、と呟いた後、何やら思案顔を
しとった平蔵氏が、絞り出すように言うた

「今、株主総会を控えとって、自由に動け
んのや、終わり次第、必ず連絡するよって
君たちの連絡先をくれへんやろか」
私と平次が名刺を差し出すと、必ず、連絡
する、と言うた

「何も知らんままで、スマンかった
2006年の3月から、2年間程、ワシは仕事の
都合でヨーロッパを渡り歩いててん
帰国したんは、2008年の夏や」

何がどうなっとんのか、わからんし、少し
考える時間をくれ、約束は護る、必ず
そう言うて

不機嫌な平次に引きずられるようにして車に
乗った

「ゴメンな、こっそりついて行くような真
似してしもうて」
車を走らせる平次は、無言
めっちゃ機嫌が悪そうやった

「あーもう!!」
いきなりそう言うと、車を路肩に寄せた
「オマエ、オレの機嫌が悪い理由、ちゃん
と理解してへんやろ」
「?」
「何をのんきに事件関係者に ナンパされと
んのや、このどアホ!!!」

オマエは帰って、係長に怒鳴られて来い
????
そ、そんなん言われても
私がナンパしたワケや無いもん
そんな目立つ格好、しとったワケともちゃ
うし

「それにしても、よう見てたな、自分」
「オマエが来るのは、最初から計算済みや
当たり前やろ、オレが来るな、言うても何
やかや理屈こねて、オマエは来るやろ」

何や、その、絶対的な自信は
まぁ、その通りやねんけど
そう思うと、何やおかしくなって来た

「平次」
「何や」
「アンタ、やっぱり私のタイプやわ」
「はぁ?この状況で、何でそんな話になん
ねん!オマエ、オレ、おちょくって楽しん
でんのか?」

パトカーの中やからって、安心すんなや!
この事件終わったら、オマエ、覚悟しとけや
どうなっても、オレは知らんからな

「え、どうなんの??」

このっ、どあほー!
この車、このままラブが付くホテルに突っ
込んだろか!と

火を吹く人を、初めて見た
と言うのは冗談で、取りあえず平次は元気や
な、良かった、良かった、と安心した私に、
平次な泣きながら運転しとった

「オレ、何を試されてんのや?
こんな生殺しばっかり、嫌やわ」
「この間っから、聞こうと思うてたんやけど
生殺しって何?」

ごん、と音がするくらいハンドルに頭を打っ
た平次

「ちょっ、アンタ、危ない
私が運転、代わってあげるから、な?」
「うっさいわー!助手席になんかおとなしく
座ってられっかっつーの!!」

何をダダこねてんねん、平次、子供みたい
やで?と言うと、いきなり頭突きをされて
煩いから暫く寝てろぼけ、と言われた

「痛いっ、何すんのん!
一応、オンナやで、私、アンタ、女の子に
は優しくせなアカンって、おばちゃんにい
っも言われてたやろが!もう忘れたん!」

庁舎につくまで、私も平次も言いあいして
部屋に入ってから、みんなが笑いをかみ殺
している理由を知ったのは、少し後の事や
ってん

第7章後編へ、
to be continued 

7th heaven side B

Ame&Pixivにて公開した二次創作のお話を纏めて完成版として倉庫代わりに置いています^ ^

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