から紅の恋歌「恋歌 下の句 -3」

恋歌 下の句 -3
6: 歌に秘める想いの行方

夜になってやって来た大人組の面々は、食事
が終わると、飲みもせず、この後別室で何や
話し合いに入ってしもうた

「何やー、せっかくみんな居るのにつまらん
やん!」

と言うて拗ねた和葉と、久しぶりの池波家の
別宅の広大な庭を散策する事にした

寝巻き代わりの浴衣姿の和葉に、しっかりと
ケープやカイロで寒さ対策をさせて、オレは
明るい月が昇る中、庭の散策に出る

暗がりやからと、しっかり腕に掴まらせて、
足元が危ういところは、腰に腕を回して転ば
ぬようにした

「一緒にここに来たのは、あの夏が最後やっ
たなぁ」
うん、そうやね、と言う和葉の静かな声

オレと和葉がここに来たんは、オレの大好き
やった和葉の母と、オレのじいちゃんが相次
いで亡くなった翌年の夏の事

その頃には、オカンの母親がまだ生きとって
ここでオレと和葉は泊まり込んで遊んでた

来年は小学校に上がる、と言う6歳のオレと
和葉が散々、遊び回った庭や

その翌年からは小学校に上がり、剣道や合気
道の合宿もあったりと、色々と忙しくなって
ここには来なくなってしもうた

池に嵌ったり木から落ちたり、絵に描いたよ
うな、コントみたいな時間を過ごした場所

台所の手伝いしとって、頭から天ぷら粉、被
ったんも、ここやったと思う

「ほとんど、平次の巻き添えで、私まで、怒
られたんやで?」
「オレかて、オマエの巻き添えで、めっちゃ
怒られたで?よう、思い出してみ?木登りの
一件は、オマエが原因やん」
「私やった?」
「せや、オマエが紙風船が飛んでもうた言う
て、泣いて勝手に先に登り始めたんを、オレ
が後からついて行ったんや」

結局、どっちも降りられんようになって、2
人して木の上で泣いてたんやけどな

「せや、アレは私やな」
えへへ、と笑う顔が、柔らかな月明かりにそ
っと照らされていた

「でも、天ぷら粉の事は、平次やで?」
「あほ、アレはオレがひっくり返してしもう
たところに、オマエが飛び込んで来たんやな
いか」

まだ、体格差もあまりなく、危ない平次って
言うて、飛び込んで来た和葉と一緒に転んで
しもうたんや

「うわー、思い出さん方が良かったな」

あちゃー、私ホンマにアホやわ、と笑う和葉
の手は、そっとオレの腕に添えられて
掴むでも無く、抑えるでも無く、そっと添え
られた掌と、寄り添い歩く感覚に、言い知れ
ぬ喜びを感じる自分が居た

目眩がしそうな程に至福な時間
自然と頬が緩んでしまう

オレは年中元気でウルサイ、騒がしいと思わ
れがちやけど、もちろんそうやない
静かに時間を過ごす方が好ましいと思うてる
部分も多いんや

和葉も同じや
いっつもウルサイワケや無い
特に、オレが追い詰められとる時とか、キツ
い時は、傍に居っても何も言わん
オレが口を開くまで、ぎゅっと口を結んで、
傍に居るんや

せやから、2人っきりで居る時は、どちらか
と言うと、静かやったりもする

夜の庭を散歩しながら、想い出話を少しして
鼻歌歌う和葉に伴奏して、黙って寄り添い歩
いた

ホンマに贅沢な時間やな、と思うた
もう、オレの恋心は、和葉の得意札の域なん
とっくに越えていて

「オメーの場合、しのんでねーよ」
と工藤にからかわれる程だ

でも、まだ、オレには和葉に気持ちを伝える
資格は無い
まだ、和葉との約束を果たし切れてへんから

「で、和葉、どの約束からがええ?」
「ん?」
「ちゃんと、予告、したやろ?放した約束は
全部守るって」
「ええ!全部やったら、平次、どっこも行け
んようになってまうよ?」
どんだけあると思うてんの?と言う和葉

「男に二言は無い
せやからどれから叶えたいかは、和葉が決め
たらええ」

不意に立ち止まって、真っ直ぐ前を見た和葉
は、何か考えてる様子

「ええよ、もう
アンタが無事で、ちゃんと事件追いかけてん
のやったら、それで」
「ええ事無い!」
「え?」
「オレが色々言えんようになってしまうし、
せやから、ちゃんと実行させろや」

困ったような顔をした和葉がしょうがないな
と言うと言った
「じゃあ、一番直近の約束から果たして?」
映画、見に行きたい
まずは、そこからや、と

「わかった、約束や」
それは明日叶えたる、と言うて指切りした

「何や、めっちゃ冷えて来てしもうたな
今日はこの辺で、屋敷に帰るで」
また風邪引かれたら、どっこも行けんから

指切りした細い指先が冷たかったんや
手を繋いで、その手をポケットに入れて歩い
て屋敷へと戻った

大人組の話し合いが終わったんか、3人で飲
み始めていたから、オレも和葉もオカンに
甘酒を貰って飲んで冷えた身体を温めた

明日、午前中だけ出掛けてもええか、と言う
と、まぁ、午後までに帰って来たらええわ、
と言う返事
その代わり、2人で行って、2人で帰って来な
承知せえへんで、と言われた

残念ながら、オレの愛車は持って来てへんか
ら、オカンが西條に頼んでおきますと言う

一足早う客間に引き下がって、オレはWEBか
ら急ぎ予約を入れる
ひとつずつ、放した約束を回収して歩かない
とアカンな
焦らず、まずはひとつずつ、確実に、や

和葉を思い浮かべて、明日の行き先を考えた

翌朝、親父達はまた仕事場へと向かい、今日
もオカンはどこかへ行くらしく、和葉の支度
を整えると、先に出掛けてしもうた

見慣れへん服やな思うたら、昨日、オカンに
もろうたと言う
シンプルなブルージーンズ地のシャツ型ワン
ピースとゆったりとしたセーター姿
普段よりぐっと大人っぽい服装だ
紺色のケープ型のポンチョは、オカンが昔着
ていたモノらしい

「すまんな、西條さん」
「いえ、喜んで」

映画館まで送って貰い、帰りに落ち合う場所
を約束して別れた

「結構、人、多いな」「せやな」

朝一番の回を選んだんやけど、かなりの人や
席は、ギリギリ、真ん中の真ん中を選べた
他の席より広めの、カップルシート、言うや
つに、和葉と2人で並んで座る

オカンに貰った、言う大判のストールを膝に
掛けた和葉が、平次も冷えたらアカンからと
言って、半分掛けてくれた

予告が始まり、館内の照明が落ちる
そのタイミングで、オレは和葉の手をそっと
ストールの上で握り締めた

びっくりしたような顔で、オレを見たのはわ
かってたけど、その顔を見る勇気は無くて、
代わりに指先を絡めてしっかり繋いだ

オレは、2度目の映画に釘付けになった
スリル満点なシーンになると、無意識にきゅ
っと握られる小さな掌が嬉しくて仕方が無い

ちょっと甘いシーンになると、涙を浮かべて
見てるその横顔が気になって

どうしても、緩んでしまう頬や口元を隠し切
れへんかったけど、映画館の暗がりに、オレ
は心底感謝した

正直、映画に集中出来たかと言えば、NOや
でもらそれを上回る充足感があった

結局前回はパンフレットとかも買う事が出来
んかったから、見終わった後は、映画の感想
を話しながら、一緒に買い求めたりもした

映画館を出て、迎えの時間まではまだ時間が
ある
飯でも食うか?と言うたら、せっかくやし、
本屋さん、行かへん?と言う和葉

「今日、多分アンタが楽しみに待ってたシリ
ーズの最新刊、発売日やなかった?」
私は、映画のノベライズ本買いたいんやと笑
う和葉と一緒に近くの書店に入った

久しぶりの本屋で、オレは思わず時間を忘れ
本を漁ってしもうた事に焦る

「すまん、オマエに付き合うたる言うてたん
に、すっかり待たせてしもうたな」

なぁ、平次
オレの前に、和葉が立った

「なぁ、平次、最近のアンタの口癖、気付い
とる?ちゃんと」
「?」
「すまんって、ずーっと言うてんの、気付い
てへんやろ?何で、平次、謝るん?」
アンタが何か、悪い事でもしたんならともか
く、今は何もしてへんでしょ?

私は、アンタが最近めっちゃ忙しいしてて、
好きな本屋巡りも出来てへんし、のんびりも
してへんの、知ってるから連れて来たんよ?

「和葉」
「私のお願い、聞いてくれるんやろ?
せやったら、次は、アンタの好きなように、
好きな所へ、連れてってや」

今日、私がしたかった事、アンタがちゃんと
叶えてくれたから、私はもう、大満足や!
後は、ゆっくり縁側座ってお茶して、映画の
話したり、本読んだりしよ?
和葉の腕にも、本が数冊抱えられていた

「わかった、次はオレが行きたい場所に、
ちゃんと連れてったる」
「うん、楽しみにしとるな?」
「おう」

一緒にハンバーガー食べて、アイス食べて、
手を繋いで歩いてから、迎えの車に乗った
帰りの車で寝てしもうた和葉に膝枕してやり
ながら、久しぶりに読書に没頭した
屋敷に到着しても、目を覚まさなかった姫に
さすがの西條さんも苦笑

「こいつ、いっつもこうやねん」

和葉を抱えて屋敷に入った
布団を縁側近くに敷いてやって、和葉を横に
して、その頭の傍に座って、オレは本を読み
耽った

一緒に見に行った映画は、アニメやったんや
けど、百人一首が事件に関わっとって、つい
最近、オレや和葉が遭遇した事件とよう似て
たんや
百人一首について、解説しとる本を読んでい
たオレ

しのぶれど 色に出にけり 我が恋は
ものや思ふと 人の問ふまで
平 兼盛

和葉が得意札にした一首
あいつらしい、ストレートな歌や
現代でもその歌の意味はすぐに理解出来る

みちのくの 忍ふ文字ずり 誰ゆへに
乱れそめにし われならなくに
河原左大臣

オレが得意札にするなら、コレやろか
陸奥産の乱れ模様に染められた布の模様の様
に、私の心は乱れに乱れていますが、いった
い誰のせいでしょうね?

「なぁ、一体誰のせいやろな?和葉」
眠る和葉の穏やかな寝顔を見て、柔らかな陽
だまりを見た

君がため 惜しからざりし 命さへ
長くもがなと 思ひけるかな
藤原 義孝

和葉が危ないとわかって、駆け付けたあの時
から、今日までの正直な気持ちに一番近いの
は、この歌やろな

恋の歌、か
秋から冬へと移り変わる庭を眺め、傍らです
っかり安眠しとる和葉を眺め、オレはまた本
へと目を落とした

読書の合間で、時折、眠る和葉の布団を直し
てやったり、解いた髪を撫でて、その眠りを
護り、静かで穏やかな時を過ごす

こんなに穏やかで、静かで、満たされた時を
過ごせたのは、久しぶり

目を覚ました和葉は、仰天しとったけど、久
しぶりにしっかり寝れた!と元気やった

さっきまでの穏やかな時間が、和葉の目覚め
と共に、賑やかな時間に変わる

ノベライズ本に目を通しながら、まぁよう2
人で喋った

映画の話で盛り上がり、バイクアクションが
どうの、ビルから飛び降りがどうの、謎がど
うのと騒いでると、オカンが帰宅

いつものオレらに、拍子抜けしたような顔を
して、ホッとしたような顔をしたオカン

今度は台所からオカンと和葉の賑やかなお喋
りが聞こえて来る

いつもの日常の音にほっとしとると、鳴り出
した新しい携帯

親父からや
両家の調査結果が出た、と

「隠しカメラが数台付けられてた
予想通り、電話は盗聴されとったらしい」

遠山家にも、同じ仕掛けがされとったらしい
幸い、風呂場や個人の部屋に仕掛けは無くて
リビングや客間やったと知り少しホッとした

「当たり前や、風呂や着替え覗いてたなん
場合は、生かしておけるか💢」
「お、親父、気持ちはわかるが、立場を考
えや」

ホンマ、オカンと和葉、大好きやからなぁ
このキツネ目親父は
こほん、と咳払いをした親父

「仕掛けは外したが、屋敷に手を入れる為
の時間がかかる」

学校は、後1週間だ
試験は終わっているけれど、オレの場合、出
席日数問題がある

「西條に頼んで、その1週間は、そこから通え
必要なもんは、静が運び込んだはずや」

あ、後、見合いの件は、後はお前次第っちゅ
うとこまでは、片付けてある

「了解」
「しくじるなや?
遠山と、和葉の人生がかかってんから」
「あぁ、わかっとるって」

しくじったら、服部家の嫡男としての立場も
無いと思え、と言うて電話は切れた
オカンに、親父からの電話を伝えると、僅か
に緊張した顔をした

「当たり前や無いの
アンタが、和葉ちゃんに相応しいかどうかを
試されるんやで?」

合格発表待つ見たいな気持ちや、と笑う

和葉には、通学に関する親父からの伝言を伝
えると、ええっとびっくりしてたけど、オカ
ンが制服とか必要なもんを運び込んだと言う
と、わかった、と素直に言うた

「なぁ、おばちゃん」
「何です?和葉ちゃん」

その後、オレは3度聴き直すようなお願いが
飛び出した

そして、オレは

「あぁ、やっぱり可愛ええよな」
「ホンマは同じ布団に入って、抱っこして眠
りたいよな」
「もちろん、ええ事やってしたい」
と思いながらも、その向こうからビシバシと
容赦無い鋭い視線が刺すのを感じつつ
真ん中で眠る和葉に、背を向けて眠るべきか、
眺めながら眠るべきか、悩みながら、寝返り
を打つ事になった

もうオレ、生殺し、生け捕り確定やんか
犯人は、和葉や

「部屋が広くて怖いから、みんなで一緒に寝
よう?」

みんなで、が、ポイントやねん
オカンも最初、聞き間違いかと思うて聴き直
してたもんな

せ、せやな、と言うたオカンが、面白がって、
和葉を真ん中に寝ようと言うたんや
和葉はオレと一緒に寝よう、や無いんか、と
めっちゃ残念やと思ったんやけどな

「アンタも、まだまだやなぁ?💕」

夜叉の妖艶な笑みに畏れ慄き、現在に至ると
言うワケや

はぁ〜、とため息を吐いて、結局真上を向い
て目を閉じたオレは、きっと、ヘタレと呼ば
れるんやろなぁ

いつの間にか、色々をすっかり忘れて眠りに
落ちたらしく、ふと、障子越しに差し込む陽
の光を感じ、布団の温もりに、微睡みから目
を覚ました

なんや、柔らかいな、温いし、ええ匂いがす
る、と、腕の中に抱えたモノに擦り寄る

ん?ん?あぁ????

目が覚めた
それはもう、バッチリ、色々な意味で

叫ばなかったオレは、エライ、きっと

スウスウ眠り込んでんのは、愛しい幼なじみ
で、オレに添い寝しとったみたいな微妙な位
置で寝ていんや

半分身体が畳に落ちてんのに気が付いて、慌
てて自分の布団に引き入れた
眠る和葉をそっと抱きしめて、髪を撫でて額
にキスをして、そっと布団を出た

名残惜しいとか、そんな半端な気持ちやなく
て、血の涙を落として傍を離れたんや

だってきっと、こうしたんはあの夜叉や💢
きっと、どっかにカメラがある
額にキスは、おばはんへの出血大サービスで
これより先は、絶対、撮らせへんでと言う、
オレからの強い意思表示、や

「おはようさん、平次」

はよ、と言うて、顔を洗いに行く

「朝からええもん、見られましたやろ?
元気、出ました?」

ぶすっ、とした顔して、返事はせえへんかっ
たオレ
色々な意味で、元気になって困るっちゅうね
ん💢
そうでなくとも、強固な理性を盾に、必死に
我慢しとると言うのに

「平次、ゴメンな!
布団、取ってしもうたみたいや」

眉を下げ、しゅんとした和葉の顔を見て、漸
く少しだけ、溜飲を下げたオレやった

結局オレ達は、年内最後の登校日まで、神戸
の池波家別邸から通った
そして、並行してオレは伊織の素性調査に参
加したんや

和葉が言うたんや、アンタは探偵何やろ?何
で気になる事あんのに、調べんのやって

「私は大丈夫や、学校との送り迎えはアンタ
が居らんでも西條さんがしてくれとるし、屋
敷には、おばちゃんも、お手伝いしてくれは
る人も居るんやから!」
気にせんと、頑張って来たらええ、と背中を
押された

事件片付けたら、次の約束、必ず果たすと指
切りして、オレは飛び出したんや

和葉の疑問が正解やった
伊織自身も、調べ始めていたのだ

自分が主人の用事で席を外している間に、自
分そっくりの奴が屋敷で動き回っているらし
い事に

完璧な変装、声色も仕草も完璧にコピーされ
ていた
しかし、こちらの動きを察知したんか、後一
歩まで追い詰めた時、警察と、伊織本人とオ
レの前から、忽然と姿を消したんや

例の組織の中にも、変装を得意とするオンナ
が居るとか何とか言うてたと思い、工藤にも
一応、話は通した

そして、伊織は言うた
オレの携帯に細工をしたんは自分やと

お嬢様が、少しでも服部様と逢える機会をと
思い、私が暴走した次第です、と

でも、屋敷に細工はしてへん、と言うた
それだけの細工をするような時間、自分には
ありませんから、と

入れ違いで、工藤から電話が入った
ベルモットが、伊織にすり替わり、あの秋の
事件の時もちょいちょい現れていたかも知れ
ん、と

「服部邸だけならともかく、和葉ちゃんの家
までとなると」
おそらく、和葉ちゃんももう、蘭と同じくら
い危険な立場になっているかも、と
巻き込んですまない、と言った工藤に、いや、
気付かんかったオレが悪い、と言うて電話を
切った

オレは、最悪のシナリオが頭に浮かび、急ぎ
神戸へと引き返した

和葉に、伊織の件はオマエの想像通りやった
と言う事を話し、オレはどうしても確認して
おきたかった事を、尋ねた

「オマエ、何であの時、これ、コナンくん
の電話やでって言うたんや?」

オレが寝ぼけて、和葉がコナンの携帯から掛
けて来たあの電話に出た時、コイツはさらっ
とそう言ったのだ

まるで、諭すような口ぶりで
あまりに自然過ぎて
聞き逃してしもうてたんや

「何で?せやかて、コナンくんの電話から掛
けたんやから、そう言うても不思議やないや
ろ?」

いや、オマエやったら、こう言うはずや

「平次、何寝ぼけてん?これ、コナンくんの
電話やで?」
工藤くんと、会ったん?ってな

和葉はじっとオレを見ていた
オレも、その大きな黒い瞳を見ていた

「知ってんのか」

そう言うオレに、和葉は黙って頷いた

「いつからや」

自然とやから、いつかどうかはわからんと言
う和葉

「でも、私は知らん振り、しといた方がええ
と思うたんよ」

あの工藤くんが黙ってるって事は、きっと蘭
ちゃんを護るためやって判ったから、と

「どこまで知ってんのや?」
「多分、現在の平次よりは、知ってる
…お父ちゃんから、この間、訊いたから」

あぁ、アカン、最悪や、と思うた

絶対に、巻き込みたく無いと思うてたのに
もう、どうにもならん位置に和葉は居る

ホンマは、工藤と組織の事を調べ始めようと
思うてたんや
高校卒業までには、何とか、姉ちゃんの元へ
返してやりたいって

調べる時は、危険が及ばんように、和葉はど
こか安全な場所へ置いて、その傍らを離れる
つもりで居ったんや
必ず帰るって、約束して

「平次、アンタ、頭はええのにあほやね」
「え?」
「アンタ、私の事放して、工藤くんの事件を
追うつもりやったんやろ?私が、巻き込まれ
んように」
「和葉」
「それ、無駄なんよ、全部」

無駄って、オマエ

「もうとっくの昔に、私もマークされとんの
や、捜査員の娘として、な」
「は?」
「もうひとつ言うなら、アンタもそうや、捜
査員の息子として」

和葉がオレに近づいて、ぽすん、とその身体
を預けた
オレの身体に手を回して、きゅっと抱き締め、
その顔をオレの胸に隠してしまった

「私と平次は、ずっと前にもうマークされと
んの!」

せやから、アンタが今更私から離れても、傍
に居っても、何の状況も変わらんの!
そう言うてタメ息を吐いた和葉は、さらに衝
撃的なコトを言うた

「平次、小さい頃、私ら何度か一緒に誘拐さ
れそうになったやん覚えとる?」

確かに、一時期、オレ達は毎月のように変な
連中に連れ去られそうになったり色々あった

「あれは、捜査員やったおっちゃんやお父ち
ゃんらへの警告やってんて」

「は??」

工藤の事件が起こる、遥か昔から、組織の暗
躍は警察も追い回していたらしい

和葉がおっちゃんに聞いた話によると、その
当時、一番事件の真相に近づいていたのは、
親父とおっちゃん、警視庁に居た毛利小五郎、
目暮警部と数名の捜査員やったと

「蘭ちゃんも、同じ頃、何度かそう言う事、
あったみたい」

まぁ、工藤くんが全部防いだみたいやし、
蘭ちゃんは記憶してないみたいやけど

姉ちゃんの親父さんが警察を去り、探偵にな
ったのには、愛娘を護るため、と言うのもあ
ったらしい

そして、現在でもラブラブな嫁と別居を貫い
てるのも、万が一の時は、夫婦どちらかが生
き残り、娘を護ると言う親父さんなりの意志
が大きいと言う

「オレらが知ってる小五郎と大分違うな」
「そんなことないで?
おっちゃん、いっつも私や蘭ちゃんのこと
ちゃんと守ってくれはったもん」

アンタが事件に飛び出してしもうた後、ちゃ
んと私らの傍に居るか、誰かに託してから行
くもん、と言う和葉

何やオレ、知らんところであの毛利探偵にめ
っちゃ迷惑かけとるやんけ

「例の組織との遭遇は、工藤くんよりうちら
の方がずっと早かったんや」

私らが無事やったんは、組織の怒りに触れる
ような真似をせえへんかったから、だけの事

お父ちゃんらな、当時の上司に強う言われて、
そのチームから外されてしもうたんやって
毛利のおっちゃんらも、と言う

ほぼ、メンバー総入れ替えのような形で、そ
の捜査チームは引き継がれたらしい

「でも、間も無く、その平和も終わんねん」

ぎゅうっとしがみつく和葉を、抱き締めてや
って、ちゃんと話せ、と言うた

「お父ちゃん、新しく出来る捜査機関に入る
予定やねん」

「え?」
「今回、ドタバタしとる騒ぎの一部は、多分、
お父ちゃんを牽制するための仕業や」

さっき、お父ちゃんが電話で平次に謝ってお
いてくれって言うてた、と言うと泣き出して
しもうた

和葉、おっちゃんにかなりキツく口止めされ
とったらしく、オレに話しておけばよかった、
と言うんや

おっちゃんは、いずれオレと工藤の事もその
捜査に参加させるから、その代わりある時期
までは、オレ達に一切この件で動いて欲しく
ない、と言うたらしいねん

「和葉、泣かんでええから
気付いてやれんで、すまんかったな」
「謝らんといてって、言うたでしょ!」
「はいはい」

漸く泣き止んだ和葉を抱えて、居間のソファ
に座って、和葉を抱え込む
泣き疲れたんか、ぺたん、とくっついとる和
葉は、抱えられたまんま大人しい

せやな

オレの事調べたら、自動的にコイツの情報な
ん、大して調べんでも簡単に出て来るもんな
ほとんどセットのようにして出て来る名前

今更離れたって、逆効果は産んでも、そうす
る意味なんひとつも無いやんか
和葉が言う通り、アホやな、オレ

でも、和葉のおかげで腹が据わった
オレが選ぶ道は、たったひとつ、や

抱えとるこのオンナ、絶対に離しはせん
それに、誰にも勝手な真似はさせへん
死んでも護ったる

絶対に負けられへん闘いは、もうとっくに火
蓋が切られてしもうてたっちゅうワケか

ほんなら、オレは正々堂々、闘うだけや

抱えとった和葉の身体を離して、その小さな
頭を両手で掴んだ
目元が赤く朱が刺して、泣いた後やと言うの
に、大きな黒い瞳はまだ潤んでる

「和葉、あの時、オレが言うた言葉、ちゃん
と覚えとるやろ?」

あの時?
せや、あの時や

「何があっても、オマエは絶対に手を離した
らアカン、これからもや」
ええな?

何度も和葉が頷いた

「手、離したら、殺すで?」

頷いた和葉のまた溢れ出した涙を拭ってやっ
て、そのまま強く抱きしめキスをした

加減も何も判らず、力任せにキスをした

何度も向きを変え、角度を変えて噛みつくよ
うにキスを繰り返しては、その瞳を覗き込む

キスの合間に互いの名前を呼んで
呼んではキスをして

確かめるように、自分の胸の内に閉じ込める
ように、自然と深くなるキスに翻弄されて行
った

息が上がる、苦しくなる
いっそ、この存在ごと食べてしもうて、自分
の中に置けないやろか、とさえ思う

腕の中で喘ぐ姿も何もかも、愛おしい
誰にも見せたくない
オレだけの、和葉や

「絶対に、離すな、ええな」
「うん」

そう言うて、ぎゅっとしがみついた和葉の首
筋に顔を埋めた
必ず、護り切ってみせる、と誓いながら

その夜、オレは揃った大人組の前で、正式に
和葉に求婚した

この先も、一緒に歩いて欲しい、と言うたオ
レに、頬を染めた和葉が頷いた

覚えたばかりの唇が、柔らかに結ばれるのを
見て、思わず自分の中の灯がつきそうになる

「末永く、よろしゅうお願いいたします」

きちんと正座して、丁寧に頭を下げた和葉

「和葉と一緒に歩いて行きたいと思うてます、
末永く、よろしゅうお願いいたします」

そう言うてオレは、おっちゃんと自分の両親
に頭を下げた

厳粛なムードで行われた求婚式は、親父達の
承諾の返事で終わった

こうして、オレと和葉は、漸く次のステージ
へと一歩進んだのだ

その後で、親父の口から仕掛けられとった盗
聴器関係は、やはり、例の組織の息がかかっ
た連中の仕業であった事と、
組織からの牽制は、これから更に激しさを増
す事が説明された

「遠山は、年始明けから正式に、手始めにIC
POへ派遣される」

和葉は、その間、平次の許嫁として、その婚
約者として服部家で暮らせ、と

「普段通りや、和葉、何の心配も無い」
親父は、そう言うて、和葉に笑いかけたし
おっちゃんも、心配は無い、と笑った
服部邸は、既に改装工事も済んでいると言う
た親父

「ちゃっちゃと事件も片付けなアカンけど
平次と和葉は、受験も終わらなアカンから気
張りや?」

「「はい」」

和葉を護るために、服部邸に留め置く理由を
ちゃんと確保してくれた両親には、後でちゃ
んと礼を言うた
服部一族の了解を事前にとってくれたのだと
理解したからだ
そうする事で、和葉を受け入れ易い環境を整
えてくれたんやとわかったんや

「当たり前やないの
和葉ちゃんに、不名誉な事なんさせられるワ
ケ無いやろ?大事なお嫁さんになる人なんや
から」

私は、念願叶って可愛らしい娘が出来たんや、
名実共に、な
こんな嬉しい事は無い、と笑うオカン

「やっぱり、華は多い方がええしな」

おっさんとむさ苦しい息子とだけの食卓より、
愛らしい娘が居った方がええやん、と初めて
見るくらいに、はしゃいだオカン

はい、さいでっか、と言うしかなかったオレ

数日後、オレはひとり、大岡家を訪ねた

伊織に、した事は許せへんけど、今回は、不
問に付す、と伝えに

そして、紅葉に会った

「先日、漸く和葉にプロポーズ、受けてもろ
うたんや」
「え?」
「結納も終わったし、式の日取りも決まりつ
つあんねん」
「お付き合いやなくて、結婚する、言うんで
すか?」
「あぁ、オレと和葉の間で、今更付き合うも
何も、大体、今までがそうやったからな
意識しとるか、してないかの違いだけで」

そうですかと言うた後、どうして和葉ちゃん
なんです?と尋ねられた

「何でやろな」

オレにもようわからんのや
オレの中で、和葉の位置はずっと変わらんま
まやねん

いつでも、どんな時でも
ちゃんと居るんや
そこに

「オレの中に、ずっと住んでんねんアイツ」

一度も出て行った事も無いし
一度も追い出した事も無い

ずっと、オレの生命に寄り添って、共に在る
のが和葉の生命、や

「そうですか
和葉ちゃん、そう言われたら嬉しいやろな」
「は?言わへんで、アイツには」
「何で言うてあげへんのです?」
「オレがそんなん言うたら、アイツの反応は
こうやねん」

平次、何かあったん?
具合、悪いんとちゃう?
変なモノ、食べた?
それとも、何かのドッキリ?
罰ゲームか何かなん?
ってな

いややわー、と笑う紅葉は、泣き笑い

「平次くんより男前な旦那、捕まえます
その時は、和葉ちゃんに自慢に行きます」

伊織がご迷惑をかけて、すいませんでしたと
頭を下げた紅葉に見送られて屋敷を後にした

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★オマケ ~その後のオレ達
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季節は秋から冬へと一気に駆け抜けて行く
オレは和葉を連れて、約束通りの場所へやっ
て来た

バイクを降りた和葉が、びっくりしとる
USJに来たんや

「オレかて普通の男子高校生やし、たまには、
ハメ外して騒ぎたいし、遊びたいねん」

せやから付き合え、と言うて、和葉を連れ一
番行きたかった場所へ行った

映画でも見た、あの人気アニメの期間限定脱
出ゲームやねん

和葉と2人、手を繋いで走りまわって無事ゴ
ールした

その後も、あれやこれやとパークを縦横無尽
に走り回ったオレら

和葉に、2体のスヌーピーを買うてやった

「平次がぬいぐるみ買うてくれるやなんて珍
しいなぁ」
「それは、オレからやなくて、オカン達から
やねん」

バッグから、預かって来たものを取り出して、
2体のスヌーピーに付けた

片方には蝶ネクタイ
片方にはレースのリボン

「式場に飾るから、可愛ええの買うて来るよ
うにってな」
「あ、あぁ、 ///」

ぽん、と真っ赤になった顔が愛らしい

「帰りはオマエ、そいつら背負って帰るん
やでー」

落としたらアカンでと言うと、落とさんもん
と元気な返事
スヌーピーが入った袋を背負わせてから和葉
の手を取った

「何事も、証拠が大事やからな」

和葉の左手に、気持ちの「証拠」を付けた
オレの左手には、和葉が震える手で付けてく
れた

「大事にするからな、平次の事も
おばちゃんや、おっちゃんの事も」

そう言うて飛びついた和葉を抱き締める

「あほ、そう言うんは男の方のセリフやろ?
何や、和葉ちゃん、オレん事、養ってくれる
んか?」
「うん、アンタが刑事もポンコツで、探偵も
ポンコツやったら、私が食べさせたる」

小さい姉ちゃんに刺激を受けて、研究者の道
を目指す和葉
成功したら、刑事になる予定のオレなんて足
元にも及ばんようになるやろな

でも、オレは嫌や
ちゃんと、自分で稼いで、自分で幸せにした
るって決めたんや

和葉は和葉の夢をかなえたらええ
そのためやったら、オレは何でもする

飛びついていた和葉をバイクに座らせて
その小さな頭を抱き寄せキスをした

平次、ここ外やで、と真っ赤になる顔は、ぽ
やぽやしとって、思わず意地してやりたくな
るけれど

映画館、海遊館、USJ、たこ焼き、お好み、
アイスクリームと、和葉との放した約束はゆ
っくりとやけど確実に叶えてやっている

バイクの背に嫁候補を乗せて走る帰り道
次はどこへ連れて行こうか、山のような放し
た約束を思い出しながら、オレの幸せな悩み
は続く

いずれ訪れる、最終決戦に向けて、オレと和
葉には、おっちゃんから宿題も出てる
束の間の休息、やな

君がため 惜しからざりし 命さへ
長くもがなと 思ひけるかな

不意にあの歌が脳裏に浮かぶ
どんな困難な場面でも、どんな状況でも生き
る事は諦めへん

必ず、和葉もオレも、生き延びる道を捜し叶
えてみせる

どんな時も

翌日、オレが和葉にキスをしている写真が
どうやら流れまくったらしく、エライ騒動に
なったんは、また別のお話

「オメーは一体、どーなってんだよ!!」

東の名探偵はびっくり、どっきりだったらし
く、オレも和葉も、年始明け早々お呼び出し
を受けた次第で

のんきな和葉は、お土産、何がええかなと笑
うてる
冬休み明けの学校も大変やで、わかってんの
かな、コイツ、と思うけれど

名実共にオレの和葉まで、あと少し

なりたてほやほやの婚約者(どっちかと言う
たら、許婚やろか)と過ごす甘い日々を満喫
して、また次の新たなる闘いに出掛けるため
のエネルギーを蓄えよう

変わらず傍らにある花は、日を追うごとに美
しく綻び始めた
オレの頭痛の種は増えそうな予感やけど

オレの和葉に、私の平次って事で
ここから先も、自由に暴れさせてもらうでと、
気合十分なオレやった

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★オマケ ~その後のオレ達・番外編
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「で、何て言ってモノにしたんだよ」

揃いの指輪をした和葉を連れて行きたかった
んやけど、オカンの用事に連れ出されてしも
うて、取り急ぎオレだけ工藤の元へ出頭した

指輪は、オカンらの命令で、学校以外では外
したらアカン事になってる

正月に、一緒に初詣に行った時の写真(親父
が撮影した)を証拠写真として一緒に持参し
たオレ
和服のオレと、振袖を着て寄り添う和葉
どちらの手にも指輪が光るのが判る

「和葉ちゃん、めちゃくちゃキレイになっ
たじゃねーか」
「…それは、めっちゃ頭が痛いねん」
「は?」

ぽかーん、とした工藤に言うた

何せ、この日も、ちょっと目を離した隙に、
ナンパされまくりやってん
指輪してるやろが!と思うんやけどなぁ

あはは!と爆笑した工藤は、ご愁傷様と言う
オメーはこの先、一生その悩みと闘う道に踏
み込んだんだ、おめでたい事だろ、と言って
まぁ、確かに、そうなんやけど…

それよりも、オレのプロポーズの言葉に工藤
は仰天しとった

求婚式の前が、オレとしては和葉への初めて
の意志表示やったと思う
その・・・キスも、したし

「オメーさ、それ、和葉ちゃんだったから通
用したようなもんで、他だったら絶対成立し
ねーぜ?」

まぁ、和葉ちゃんはちゃんと意味を理解した
みたいだから良かったものの、と言う工藤

さすがに、殺すで、は無いか

でも、オレと和葉には、それを越える言葉は
無いと思うんやけどな

「でも、良かったよ」

オレも、覚悟が出来たと言う工藤

工藤には、先日、おっちゃんからの伝言を伝
えてある
申し訳無い、と言った工藤に、途中から電話
を取った和葉が言うたんや

「しっかりしいや、工藤くん
蘭ちゃんのところに、帰るんやろ?」

謝るんやったら、蘭ちゃんに再会した時や
まだ口にするのは、早いで!ってな

工藤は、それで腹が据わったと言う

「競技会の時の和葉ちゃんにも、たくさん背
中を押してもらった気がする」

そう言った工藤が、オレの前にどん、と
紙袋を置いた

「何や、この、デカイ箱」
「蘭とオレからの祝い品だ」

「へ?」

工藤が、姉ちゃんに電話してオレと和葉が
正式にカップルになったらしい事と
その祝いに何か贈りたいけど、自分は知っ
ての通り、贈りもののセンスが無いから何
かみつくろって欲しいと頼んだらしい

「そう言えば姉ちゃんは?」
「園子に拉致られて、遊びに行ってるよ」

不機嫌になった工藤に、まぁ、まぁ、と言う
て、開けてもええか?と言うと、ダメと即答
された

「和葉ちゃんに見せる前にオマエが開けたら
包装が戻せねえだろ」

ありがたく頂戴して、帰る間際、工藤がオレ
にある頼み事をした

「ええで、紹介したるわ」

オレが指輪を作ってもろうた工房を紹介して
くれって話やねん

「オレはさすがに、オメーみたいにひとっ
とびとは行かねえからさ」

でも、健気に待ち続けてくれている姉ちゃん
に贈りものをしたい、と言うのだ
必ず帰ると言う約束を、その証を作りたいと
言うたんや

「任せとき、ちゃんと連れてったるし」

その後は、オレは工藤の幸せな悩み相談につ
きあうたんやけど

内緒や

いつか、工藤らの結婚式でならぶっちゃけて
やってもええけどな

Fin.

7th heaven side B

Ame&Pixivにて公開した二次創作のお話を纏めて完成版として倉庫代わりに置いています^ ^

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