から紅の恋歌「揺れる季節に、巡る想いを1」

揺れる季節に、巡る想いを1

あの事件後、オレはまた、新たな事件を追う
日々に戻り、いつもの日常に戻った
でも、そう思うてたんは、オレだけやった

秋の終わり、試験が終わった頃、工藤から呼
び出しを受けた

工藤邸の方へ、と言われて向かった先で、オ
レは目眩を覚える程の衝撃を受ける事になる

オレは全く、知らんかったんや
和葉があの無茶苦茶な勝負を受けた、もう一
つのその「理由」を

工藤と姉ちゃんと、ちびっ子探偵団は知って
いたらしい
和葉を挑発したんは紅葉の方で、どうやらオ
レへの告白を賭けてたって事を

(あのアホ、何で大事な事、オレに言わんね
ん…それに告白は、オレからするに決まって
んやろが、和葉のアホ💢)

「オレ、事件が終わったら聞こうと思ってた
事があるんだけど」
「何や」
「何で、大岡紅葉を、呼び捨てなんだ?」
「呼び捨て?オレが??」

「あぁ、いつも、和葉ちゃんを呼ぶのと同じ
感じだぜ?」
和葉ちゃんも、蘭も、びっくりしてたぜ?

付き合いの長い蘭のことだって、姉ちゃん呼
びのクセに
出会ってすぐ呼び捨てだもんな、と言う工藤
は、本当は、ずっと前から知り合いで、付き
合いもあったんじゃ無いかって、そう思った
と言う

「だってそうだろ?オメーがさ、ちびっ子の
時にたった一度、会っただけの子だって言う
のに、会ってすぐ、名前呼び捨てって」

和葉ちゃんじゃなくても、え?ってなると思
うのが普通だと思うんだけど?と

「和葉、オレには何も言わへんかったで?
それにオレ、無意識やったし
出会った日のことも、完全に覚えてへんかっ
たくらいやし」

あの日の会場に、和葉も居ったんや、と言う
と、工藤は驚いた顔をした

そう、あの日は遊びに行くはずが予定が急に
変わって、あの競技会へ和葉と一緒に行った

じっとしとるのが嫌で、オレはオカンに言わ
れるまま、飛び込みで試合に出ただけの事

和葉に、凄い!へーじ、凄いねって言われる
たびに嬉しくなって、夢中になったんや

表彰式の後、オカンが和葉を連れてお手洗い
に行ってた間に、びーびー泣いていたあの女
の子に言うたんや

試合の途中から、完全に集中力を欠いたあの
子に、オレ、手加減したんやけどな、それが
余計、悪かったな、思うてな

まさか、それを結婚の申し込みと勘違いされ
るとは、全然思うてへんかったし

それに、あの時にはもう、オレは

「オメーがただ思ってるだけじゃダメなんだ
あの子、絶対諦めないって言ってたし、この
先も、オメーがはっきりしない限りは、和葉
ちゃん、ずっと、振り回されるぞ?」

それとも何か、オメーは、大岡と和葉ちゃん
天秤にかけて、どっちかと付き合えればラッ
キー💕とか思ってんのか??💢

「あほ言うな💢天秤にかけるなん、考えるま
でも無いわ」

「へー」
平たい目でオレを見る工藤
その目は、絶対零度の冷たさだ

「和葉とおんなじ、葉っぱの名前やなぁ〜
思うて、印象に残っただけや、多分」

「へー」
じゃあ、服部に聞く
和葉ちゃんがもし、
オレの事、新一って呼んだら?
沖田の事、総司って呼んだら?

「何を言うてんのや、自分💢あぁ?死にた
いんか、こらぁ💢」

「心配しなくても、和葉ちゃんは、服部以外
を下の名前で呼ぶ事は無い」
でも、オマエは違う

それなのに、和葉ちゃんには、他の男の名を
呼ぶのも許さないなんて、随分勝手な話だな
と笑う工藤

自分の身勝手な独占欲とか、言われんでも嫌
と言う程わかってるっちゅうねん💢

「選択の余地が無いなら、断る相手にも、一
切無駄な期待を持たせるなよ?」
「期待なんてさせるような真似してへんし」

「どうだか」
蘭も心配してたぜ
オマエが不器用なの、知ってるからな
オレも、蘭から相談を受けて心配になったん
だと言う工藤

あの後、まさか個人的に対面とかしてねーよ
なぁ?と言われて、一瞬ギクリとした
不可抗力だったけど、一度だけ、逢ったんや
事件現場からの帰りに、遭遇した時に

「まさか、家に立ち寄ったとか言わねえだろ
ーな💢」
「いや、その…」
「寄ったのか??💢」
「もちろん、2人っきりや無いで?
執事も同席しとったし、ほんの30分程で食事
は断って帰ったし」
その事、和葉ちゃんは知ってんのか?と言わ
れ、言うてへんから知らんはずやと答えた

「なるほどね、そういう事か」
「何や、そう言う事って」
「蘭がさ、心配してたんだよ
最近、和葉ちゃんの様子がおかしいって
何があったのか尋ねても、特に何もって言っ
てそればかりだって」
いつもだったら、服部の事とか色々話すけど
服部の「は」の字も出て来ないってな

「…それ、いつからや」
「あの事件の少し後くらいから、かな」

嫌な予感以外せんかった
背中を、冷たい汗が流れ落ちる

工藤には、さすがに言えんかったけど、ちょ
うどそのくらいの頃から、何だかんだと言う
ては、和葉と一緒には居られんようになって
たんや

学校でも、呼び出しがあったり、休みの件で
先生に呼ばれたりしてたし、事件も前以上に
舞い込むようになってて

オレ、殺人的忙しさやねん、最近
従って、自然と和葉との時間は、激減した
でも、会えば普通やし、約束放しても事件や
ったらしゃーないやん、と言われるだけで、
一切、怒られもせん

それは、さすがにオレが悪いから、後でちゃ
んと時間作って、和葉の好きなところでも連
れて行かなアカンって思うてたところやった

「最後に和葉ちゃんと2人で会ったのって、
いつなんだよ」
「え?」
工藤に言われて、オレはすぐに思い出せずに
居たオレ

「オレが教えてやろうか?1週間前、だ
オマエが呼びつけた服部邸で、だろ?」

「何でオマエが知ってん」
「オレが、和葉ちゃんと会ったからに決まっ
てんだろ?💢」

頭が真っ白になった

確かに、嫌な事件の帰り道、どうしようも無
く遣り切れなくて、和葉に電話したんや
今から帰るから、家に居ってくれって言うて

オカンが不在で、和葉がオレの世話全部して
くれて、オレ、風呂入って飯食ってから和葉
の話もろくに聞かんと、一方的に事件の話だ
けして、寝てしもうてん

翌朝は、和葉、部活の朝練があるから言うて
先に出てしもうてて、オレはまた呼び出しを
受けて家を飛び出したままや

「和葉ちゃん、気丈に振舞ってたけど、かな
り疲れてたぞ?」
工藤が、それとなく弱音を吐かせようとして
あの手この手で話をしたけれど、一切弱音を
吐かなかったらしい

「それがさ、余計、辛いんじゃないかなって
思っちまってさ」

余計なお世話だと思ったけど、このままだと
オメーは悪い方向にしか話を転がせねえだろ
うと思って、首突っ込んだんだ

工藤の話を聴いて、オレは、あの事件の時、
和葉から部屋を追い出された時の事を思い出
していた

あの時、和葉はオレが思う以上に追い詰めら
れてたんやな
オレはてっきり、紅葉の挑発は高校の廃部寸
前のかるた部をバカにされての事かと思うて
たんや

あほやな、オレ

あの時、和葉は、部の事だけでなく、オレの
事でも詰め寄られてたやなんて
気付きもせんかった

あの時の、ギリギリ一杯の和葉の事を思い出
して、更に胸が痛くなった

「すまん、工藤にまで余計な事に時間使わせ
てしもうて」

いつも、姉ちゃんがいっぱいいっぱいになっ
てると、夜中に電話して長電話すると言う

切羽詰まったような和葉の顔と、姉ちゃんが
重なって見えたと言うた工藤

「和葉ちゃんは、圧倒的に不利な喧嘩をふっ
かけられても、真正面から受けて立ったんだ」

オメーの母ちゃんのスパルタにも、気を失う
まで耐え抜いたんだぜ?
一睡もせず、最後まで諦めずに、だ

和葉ちゃんの真っ直ぐな強さに感動したけど
でも、蘭、泣いてたぜ?
和葉ちゃんの事を思うと、辛いって

本当は、オメーが余所で気を持たせるような
発言したって事実だけでも辛いはずなのにら
ライバルに今後も諦めないって、堂々と宣言
されたんだからな

オマケに、勝負には最後の運命戦で負けてし
まったんだから

「しかも、肝心なオトコはちっとも変化無し
しライバルにデートに誘われてニヤニヤして
て、はっきりしない態度だもんな」

工藤は、オレの気持ちはどっちに在るんだ?
と訊いた

間違い無く、オレは、和葉を選ぶ
その答えだけは、ブレた事は一度も無い
どっちに在るも何も、答えは最初から一つ

「だったら、オマエから、断れ
告白される前に、きっぱり伝えろ」

待たれても、答えが変わる事は無いって
これ以上、和葉ちゃんに手を出すなって

きっと、あのお嬢様と執事は、あの手この手
でアプローチをしてくるはずだし、オマエが
ただ単に和葉ちゃんが好きだと言ったくらい
で引き下がる事は絶対無い、と言う

「告白の地を選定する前に、オマエはまず、
その乱れた身辺を整理をしろ💢」

和葉ちゃんのフォローもちゃんとしておかね
ーと、いきなり告白しても、現状だと間違無
く、1000%信じてもらえねーぞ💢

そう言った工藤は、和葉にわざわざ逢いに行
った理由を、嫌な予感がしたからだと言った

姉ちゃんも連れず、単独で大阪の和葉を訪ね
たらしい

「いつもだったらさ、蘭と話をしていて彼女
の話が出るとさ、何かこう、明るいって言う
か和むって言うか、そんな空気を感じるんだ
けど…」

あの事件以降、日を追うごとに、その明るさ
が消えて行って、弱くなってる気がしたんだ
と言う

「和葉ちゃんが元気にしてないと、蘭が泣く
それに、オマエも変な行動に走るだろ?」

それでわざわざ理由をつけて、単独で和葉に
逢いに行ったと言うのだ
オレが一緒だと、和葉が本音を話さないかも
知れないと踏んで、オレの不在を確認の上で
逢った、と

「で、どうやった、和葉」

「初めて見た」
「え?」

あんな和葉ちゃん、初めて見たかもと言う
表面上は、明るく世話好きないつもの和葉や
ったらしいけど、げっそりやつれてるような
気がして、と言う工藤

「オメーは最後に会った時、何も気がつかな
かったのかよ」

そう言われて、オレは茫然とした
全く、覚えていないのだ

和葉が、どんな表情をしていて、どんな顔を
していたのか
ただ、言うた通りに家に居った和葉に、その
存在に安堵しきってしもうて、もう、その事
でいっぱいいっぱいで

やっと、戻れた、やっと、帰れたって
嬉しくて、自分の抱えてたモノぶちまけるの
に夢中で

和葉の声は容易に再生出来んのに
飯の支度とかしてくれた、その手はちゃんと
覚えてんのに
和葉の顔は、はっきり再生出来ずに居た

「服部、オメーは絶対に、和葉ちゃんの事、
手放すなよ?」

死んでも、離したらダメだと言う工藤に見送
られて、オレは帰阪した

「ただいま」

帰宅した家には、誰も居らんかった
がらん、とした家は、全く人気が無い

「オカンー?かずはー?」

ダイニングテーブルに、置いてあった紙を見
て、オレは慌てて家を出た
大慌てで駆けつけた先で、オレは部屋から出
て来た和葉を見つけた

「和葉!」
「あ、平次!帰って来たんや」

にっこり笑う顔は、普段より軽く一回りは小
さい、と思うた
夕暮れ時の廊下で、はっきりとはわからんが
顔色も良うないような気がした

花瓶、活けてくるね、と言う和葉が、寝てる
るから静かに入ってな、と言うて扉を開けて
くれた

オカン、ああ見えて気管支が弱いねん
年に何回かは寝込むんやけどな

この間、無理させてしもうたせいで、どうも
喘息発作を拗らせてしもうたらしい

家の置き手紙は、和葉の字で、オカンを病院
に搬送するから、帰って来たら来いってあっ
てん

病室のサイドテーブルには、和葉が宿題をし
とった跡があって、オカンは酸素マスクを付
け、点滴を受けて寝とった
和葉が花を活けた花瓶を抱えて帰って来ると
そっとそれを飾った

「いつからや」
「4日前にな、平次にプリント届けたろ思う
て、平次の家に寄ったんよ」

和葉が学校帰りに家に立ち寄って、家でひと
りで発作出しとるオカンを発見したらしい

「普段通り、吸入もさせたんやけど、全然、
おさまる様子も無かったから、救急車、呼ん
だんや」

子供の頃からずっとオカンの世話をしとるか
ら、発作が起きたらどうすべきかは知ってい
て、出来る事はしてくれた様子
入院手続きも、その世話も、和葉がひとりで
学校と往復しながらしとったらしい

「スマンかったな、任せっぱなしで」
「ううん、ええの
おばちゃんには、めっちゃ助けてもろうたし
ちょっとだけやけど、恩返しや」

オカンの布団を直してやって、点滴が残り少
ないとわかると、ナースコールを押す和葉が
当たり前のように服部ですけど、と言う和葉
と看護師さんのやり取りを聴いて、ちょっと
ドキッとしたオレ

看護師さんとも仲良う喋る和葉に任せて、オ
レは急ぎ鳴りだした携帯に応じるためにひと
りで部屋を出た

「何や、大阪、戻っとんのか」
このアホ息子、と、絶好調で不機嫌な親父の
声を耳にする

「遠山が、ちょっと遠征中で不在やねん
そろそろ和葉も解放してやらんと、今度は、
和葉の方が倒れてまう」

オマエが付き添いを代わるか、静の容体が安
定しとるようなら、和葉連れて家に帰れと、
そう言うて電話は切れた
いくつかの、事件絡みの確認の電話に応対し
てから、オレは病室に戻った

「あら、放蕩息子やないの」
「何や、元気そうやな、おばはん」

和葉は?と訊くと、ちょっと足らんモノを買
いに、売店に行きました、と言う
だいぶ楽になったし、そろそろ家に帰ろ思う
てなぁ、と言うオカン

不意にノックが聞こえた

「あ」

現れたのは、執事と紅葉やった

「すんません、池波静華さんが平次くんのお
母様だったとは知らず」
先日は大変失礼致しました、と言う紅葉

入院されたと伺ったのでお見舞いにと豪勢な
花を差し出した

お加減はいかがです?とか何とかごく普通の
見舞いのやり取りが続いたけれど、オカンと
紅葉のやり取りの殆どは、オレの耳には入っ
て来なかった

それよりも、一向に戻って来ない和葉が気に
なって、オレが席を立とうとすると、ほな、
私もそろそろ失礼します、と言うて、紅葉も
立ち上がる

病室を出て、玄関に向かう紅葉を追った

「どこで訊きつけたんや」
「さぁ、どこでもええや無いですか💕」

何で連絡、くれはらしませんの?と言う紅葉
は、オレの腕をしっかり抱き寄せていた

「悪いケド、オレ、事件が解決した後は、そ
の依頼人や事件関係者と個人的な連絡は取ら
ん主義やねん」

腕を解き、身体を離した
あら、それだけや無いですけど、と言う問い
には応えんかった

「ほな、オレ、用事があるんで」

見送らず、背を向けて、オレはおそらく病院
のどこかで、紅葉が帰るのを待ってるはずの
和葉を捜しに出かけた

「和葉」

探し回り、待合室にぽつんと佇んでいた背中
に声をかけた
弾かれるように飛び上がったその腕を取ると
振り向いた和葉は、ぎこちない笑顔が浮かぶ

「オカン、心配しとるで」

あ、うん、と言うてオレの横を通り過ぎよう
として、微妙な顔をした

「どないした?」

何でも無い、と言うと、きゅっと口を結んで
走って行ってしまう

病室に戻ると、和葉が、一度洗濯物を交換す
るために家に戻ると言うので、オレが送って
行くと言うと、オカンに、アンタはここで待
ってなさい、と言われた

すぐ戻るから、と言うてパタパタと部屋を出
て行った和葉の顔はよう見えんかった
けど…多分、泣いてんのやろうなと言うんは
何となくオレでも想像はついた

「アンタ、そないな匂いが付く程、あの京都
のお嬢さんと、何して来たんです?」

和葉に着替えもしてもろうて、ベッドの背に
凭れたオカンがオレをジロリと睨んだ

匂い?と思って、自分の身体、腕にしがみつ
かれた時に、紅葉の匂いが移った事に気が付
いた

和葉めっちゃ鼻がええんや…オカンと一緒で
しまった、と思うた

一人で帰すべきや無かった

慌てて立ち上がろうとするのを、オカンが手
で制した
ひとりに、してやりなさい、と
アンタがひっついてたら、和葉ちゃん、泣く
事も出来んやろ、と

「まぁ、そこに座り」

言われた通り和葉が座っていた椅子に座った

「アンタは知らんのやって?」
「何を?」
「あの後、和葉ちゃん、最後まで稽古を受け
たんよ?」

対決後も、私の総てを教えると言うたオカン
の元へ、和葉はちゃんと通って、かるたのい
ろはを、ちゃんとマスターしたと言う

クソ真面目な和葉らしいと思うた
オカンが一生懸命教えてくれたから、それに
最後までついて行ったんや、律儀にな

「和葉ちゃんの手、見たらわかる」
かるたも、家事も、合気道も、勉強も、全部
をちゃんとこなしとる事が、と言うオカン

「でもなぁ、最近は、ちょお頑張り過ぎや」
アレではいつか、心が折れてまう、と言う

和葉ちゃんのええとこは、真っ直ぐで無垢な
努力家なとこや
でもなぁ、とにかく優し過ぎんねん
自分の事を、後回しにし過ぎてんのや

「このままやったら、面倒な事になるで?
平次」

和葉ちゃんやったら、言いかねんよ
同じ小さい頃からアンタを好きやったのに、
とか、傍に居られんかった彼女に悪いからと
か?何とか

そんなん言うて、あの子がアンタの元に押し
かける度、譲ってしまうかもしれん

「今日みたいにな」

オカンは、和葉が売店から戻って来ようとし
て、紅葉達に遭遇したようで、何かを言われ
てたんを、窓から見ていたらしい
しょんぼりして、ひとりで待合室に歩いて行
く和葉の後ろ姿を見たと言う
オレが病室に戻るタイミングで、紅葉達が動
いたんも、オカンは承知の上やった、と

「大岡のお嬢さんは、悪い子では無いんやけ
どな、欲しいもんを手に入れるためには、手
段は選ばんタイプや」

中途半端な優しさは毒にしかならんで、平次
と言うオカン

「気を持たせるような事、した覚えも無いし
優しゅうした覚えも無い」
「でも、腕を取られる隙は見せてんのやろ?
アンタくらいやったら、そんなんかわすのか
て、もう、お手のもんやろが」

さすがオカン、一刀両断やった

確かに、相手がオンナやって事もあってオレ
も手加減した面はある

それに、オンナとして好きでは無いけれど、
人としては嫌いになれんタイプなんは、事実
せやから、工藤に突き放せと言われても、そ
れを実行出来ん自分が居た

「これから先、おそらく色々な手を使って、
アンタに迫るやろな」
色仕掛けも当然、あるやろなぁ、と言う夜叉

「先に言うておきます
もし、アンタがその罠にかかったら
たとえ何も無かったとしても、和葉ちゃんは
二度とアンタを許さんはずや」

「何でや?何も無かったとしてもって」
「罠やとわかっててかかる時点で、それはも
う、裏切り以外の何物でもないからや」
「は?」
「わかりませんか?変なとこ、まだ子供やね
んな」

罠やとわかっててかかる
それはつまり、流れに巻き込まれてどうしよ
うもなかったら、その相手と何が起きてもえ
え。言う「無言の承諾」やねん

もし、平蔵さんがそんな真似したら、何も無
かった言うても、即刻、離婚や

「離婚って、オカン」
「心配せんでも、平蔵さんはアンタよりもず
っと、ちゃんと、大人です」

私のその覚悟は、結婚した時に伝えてあるさ
かい、大丈夫やと言うオカン

「ほな聞きますけど、アンタ、和葉ちゃんが
罠にかかったら、どないすんの?」
「そんなん、あるワケない!いや、かからせ
るかっちゅーねん💢」
「アンタ、相手のオトコ殺してしまいそうや
もんなぁ」

「自分の息子に何て事言うてん」
「自分の息子やから、言うてんのや」

アンタ、もう少し、大事にしたり?
あんな子は、そう簡単には現れへんで?

そう言うと、看護師が回診に現れたんでオレ
は病室を出た

和葉遅いな、思うて、窓の外を見ると、雨が
降り出していた
救急外来の入り口に向かうと、パタパタと傘
を畳むかっぱ姿の和葉と遭遇した

「あれ、平次」

かっぱを脱ぐのを手伝って、背中に背負って
いたリュックを受け取った
あーあ、何やってんねん、コイツは💢
ポケットからハンカチを出して、髪やら顔を
拭いてやった

「オマエ、傘差すの下手くそやな」
「せやかて、荷物、濡らしたらアカンって」
「あほ!荷物より、オマエやろが💢」

オカン待ってるから行くで、と、和葉の手を
引いて病室へと戻った

「あらあら、大変」

オカンに言われて、バスタオルを取り出して
和葉を包んで座らせた

お弁当、ちょっとやけど、持って来たで、と
言う和葉は、荷物から取り出してお重を開く

オカンの好きな稲荷に、オレの好きなだし巻
きに、肉巻き、ブロッコリーなどの温野菜サ
ラダが彩りよう詰められてた

別のタッパには、コーヒーゼリーが仕掛けて
あったし、ポットには、オカンが好きなお茶
が淹れてあった

タオルに包まれたまんま、稲荷を食べたりし
とる和葉の指先を、オレはぼんやり見ていた
元々、合気道をするし台所をするから爪は短
いんやけど、指先が切れたり、爪が縦割れし
たりしとんのが見えたんや

痛そうやなと、オレでも思う程、和葉の指先
は痛めてる様子やった

オカンは、ゼリーを喜んで、喉越しが気持ち
ええ、と笑うた
食べ終わった和葉に、帰るか?と言うたら、
嫌やと言う即答

これにはオカンが爆笑

結局、補助ベッドにオレ、ソファに和葉が寝
たんやけど
和葉が寝入ったタイミングで、和葉をちゃん
と補助ベッドに移した

和葉が最後まで、譲らんかったんや
オレがずっと走り回ってて、ちゃんと休んで
へんからって
自分はオレより小さいから大丈夫やって言う
てな

「ホンマ、意地っ張りで困るわ」
さっきまで自分が寝てた布団に和葉を寝かせ
てやった

「平次、これ、和葉ちゃんの手に塗ってやっ
てや」

オカンに渡されたクリームを受取り、和葉の
ベッドの端に座り、小さな手をそっと取り、
指先を厚めに塗り込んでやった
小さな掌は、オカンが言う通りにホンマに傷
だらけやった

「ちゃんと、頑張ってる手、やろ?」
「あぁ、せやな
頑張り過ぎや、あほ」

翌日、オカンは無事退院して、程なく全快し
入れ違うようにして、和葉がダウンしたのは
クリスマス直前の事やった

「揺れる季節に、巡る想いを2」へ
to be continued 

7th heaven side B

Ame&Pixivにて公開した二次創作のお話を纏めて完成版として倉庫代わりに置いています^ ^

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