You're all surrounded [第4章−前編]
第4章 訪問者・前編
[1]
**2017年7月某日 ~鳥蓮英治の記憶**
捜査一課に配属されて、3ヶ月が過ぎた
和葉に正体がバレてしまった
でも、和葉はオレが心配しとったような変化
は見せへんかった
それは、ちょっとだけ安心して
ちょっとだけ、がっかりした
自分のその気持ちに気付いて、オレは酷く驚
いた
事件を追う日々は、相変わらず過酷で、段々
と容赦なく近づく夏が、体力を奪うようにな
った
順調な仕事とは裏腹に、オカンの事件の方は
難航していた
まず、降谷がオレが犯人やと思うてる人物と
会った現場に乗り込めた
でも、オレの想定とは違い、降谷とその男は
昔の捜査の件で大ゲンカになって、言い争い
を始めたんや
その会話を分析する限り、オカンの事件を手
引きしたんはその男で、降谷は最近その事を
知った様子
決定的だったのは、学校での追いかけっこを
降谷は全く知らなかった事
「あの坊やを、今でも捜しているんだ」
「あの子に何をする気だ!」
にやり、と笑うだけで、黒づくめの男は、何
も言わんかった
降谷は、余計な真似はするな、もし襲ったら
オレが逮捕する、と言い捨てた
「オマエに、オレが逮捕出来るのか?」
そう言い捨てて黒づくめの男は去って行った
オレは、後見人に、降谷とその男の密会映像
を見せて、この男を知っているかと確認する
「知らないわ、でも、どこかで見たような」
この時、オレは初めて後見人に違和感を覚え
ていた
映像を見て、一瞬だけ、顔を曇らせたのだ
知らないはずは無い、と思った
「ねぇ、英治くん」
暫く、一課の仕事だけに専念したら、と言う
「何でや?10年まって、漸く鍵が見つかっ
たと言うのに!」
オカンの事件は暫く中断しろと言う後見人と
オレは、初めての大ゲンカをしたオレ
自室に籠り、もう一度映像を見た
男の首筋にある大きな怪我
黒いキャップに黒いジャケット、パンツと、
その背格好は、あの日、オレを追いかけて来
た、あの謎の男だ
間違い無い
犯人は、降谷の知り合いのこの男だ
証拠が欲しい
そうしたら、降谷に自供させる事も出来るの
にと思うと、追いかけた男に追跡を巻かれた
自分の落ち度が悔しくてたまらなかった
そんな最中、庁舎に突然来訪者が現れたんや
事件が終わり、和葉と庁舎に戻ると、オレは
一瞬、身構えた
「お母ちゃん???」
「和葉!」
冴島と沖田も近くに居って、何、何、と和葉
に寄って行く
「急に、どないしたん?」
「出張ついでに寄ったんよ」
「まぁ、そうやろな
お母ちゃんが、わざわざ私に会いに来るワケ
無いもんなぁ💢」
「当たり前や
生意気な娘より、こーんな、可愛ええ男の子
らに会えた方がよっぽど嬉しいわ💕」
そう言うと、オレを見てにっこりと笑う
「初めまして、鳥蓮英治です」
うわぁ、アンタめっちゃ男前やねぇと笑う
おばちゃん
オレを突き飛ばすようにして、沖田が挨拶し
て、冴島が挨拶をする
「なぁ、和葉」
「何」
「アンタの部署、所属するんに入会審査でも
あんの?イケメン限定💕とか」
何せ、係長も風見さんもイケメンやもんな〜
和葉、これが普通、想うたらアカンよ?と言
う10年振りに見たおばちゃんに、
オレはずっこけそうになった
(せやった
おばちゃん、昔からめっちゃ面食いやった)
「遠山、鳥蓮」
「係長」
「今日は、うちのチームは当番じゃないから
みんな撤収していいぞ」
冴島も、沖田も後処理終えたら帰れ、と言う
降谷
「遠山、お母さんと逢うの、久しぶりなんだ
ろう?偶には親孝行、してやれ」
後は風見とオレと残りのメンバーで片付けて
おくから、と言って、去って行った
「お母ちゃん、時間、あんの?」
「そうねぇ、イケメンとご飯食べるくらいの
時間はあるわよ?どうせ帰るの明日夜だし」
それだったら、うちでどうです?と声をかけ
たのは、冴島だった
和葉は、いや、みんなせっかくの休みやしと
遠慮したんやけど、おばちゃんはノリノリや
し、何故かオレと冴島を両脇に腕組んで、め
っちゃ嬉しそうやし
そら、オレかてノーとは言えんやろ
ハイテンションの沖田を先頭に、オレらは庁
舎からオレらのマンションへと移動した
「買い出し、行って来るわ」
そう言うた和葉と一緒にオレも出かけた
何にしようかな、と言う和葉に、オレはどう
しても食べたいモノをリクエストした
「…そんなんでええの?」
ま、簡単やし、すぐ出来るからええかと言う
和葉と、買い物を終えてマンションへ向かう
「お母ちゃん、何の用があんのやろ」
「和葉に会いたくなったんとちゃうか?
オマエ、ずっと帰らんばかりか、まさか連絡
もしてないんとちゃうか?」
うっ、と言う和葉は、どうも図星らしい
「でもな、あのお母ちゃんや
ただ、私の職場とかを見るために寄ったんと
ちゃうと思うんよ」
確かに、と思ったけど、心当たりは無かった
「うわぁ、めっちゃ美味そう!」
大喜びの沖田に、目を細めるおばちゃん
和葉は、リクエスト通りに作ってくれた
この間と同じ、冴島をアシスタントにして
そうめんやねん
遠山家と服部家のそうめんは、ちょっとだけ
派手や
錦糸卵、しょうがとネギとみょうがの千切り
に刻みのり、かまぼこのスライスにささみと
かとにかくぎょうさん具を用意して、好みで
器によそって食べるんや
それだけや足りんやろ、と言うて、しょうが
が利いた唐揚げと、サラダ、出し巻きを追加
してくれた和葉
全部、子供の頃にオレが一番喜んだメニュー
沖田と冴島がおばちゃんと一緒に酒屋で用意
したと言う冷酒を片手に、みんなで乾杯して
にぎやかにスタートした宴会
おばちゃんは、オレに隣に座れ、と言い、隣
であれこれとオレに食べ物を取り分けてくれ
て、時には口に運んでくれた
「銀司郎さんには負けるけど、アンタええ男
やな💕」
そう言うて、ニコニコしとんねん
オレはもう、ひやひやしとんのやけど、和葉
は申し訳なさそうに笑うだけで、沖田に絡ま
れまくっていた
「銀司郎さんって、もしかして?」
「私の愛しのダンナさんや💕」
おばちゃんは、嬉しそうに手帳を出した
「うわっ、めっちゃくちゃハンサムやん」
沖田はびっくりして、そう言うと、そらこん
な可愛ええ娘も生まれるわな、と笑った
「えー、和葉より、私の方が可愛ええって、
銀司郎さんいっつもそう言うてくれてたで?
和葉に負けるんは、心外やなぁ💢」
そう言うて拗ねるおばちゃんは、よう見慣れ
たいつものおばちゃんやった
そう言えば、みんなで食事する時、よう隣の
席をぽんぽんして、ここに座れって言われた
よな、と思い出す
「堪忍な、うちのお母ちゃん、ちょっと変や
ねん💢」
娘よりも、銀司郎さん、銀司郎さん、言うて
私なん、言葉覚え始めの時、おとん、お父ち
ゃんとかおとん、より、ぎんしろうさん?や
もん
一時なん、世間の家ではどうして名前で呼ば
んのかって、真剣に悩んだもんなぁ
「な?うちの娘、アホやろ」
「何やて?💢」
「まぁまぁ、和葉ちゃん、落ち着いて」
「私は落ち着いてるっちゅうねん!💢」
「そう?お母ちゃんには、そう見えへんけど
なぁ💕」
あー、ホンマにみんな、可愛ええな💕
そう言うと、いきなりおばちゃんにぎゅっと
されて、頬にキスをされた
「んなっ!!!💢💢」
和葉が真っ赤になって怒るのも構わずに、冴
島にも、沖田にも同じ事をしたおばちゃん
「うちのアホ娘を可愛いがってくれて、ホン
マにみんな、どうもおおきに💕」
これからも、よろしゅうなと言うと、さ、か
んぱーい!と言うて、グラスを空け始めた
けらけら笑うおばちゃんに引きずられるよう
にして、楽しい宴席は進んで行った
夜も遅くなってしまい、仕方がないので、和
葉とおばちゃんにオレの部屋を明け渡してオ
レは居間で寝るというたんやけど
「大丈夫や、和葉は色気が足りんし、私が一
緒やったら、英治くんも変な気、起こせんや
ろ?💕」
そう言うたおばちゃんに引きずられ、結局、
ベッドにオレ、床に敷いた布団に和葉とおば
ちゃんが寝たんや
寝られんー💢と言う娘を宥めすかして、おば
ちゃんは爆睡
結局、和葉もオレも、いつしか意識は落ちて
寝入ってしもうてん
翌朝、一宿一飯の恩義や言うて、朝飯の用意
をしてくれとったおばちゃん
みんなで食べて、その後、冴島と沖田が先に
庁舎に向かい、オレと和葉でおばちゃんを送
って行く事に
ちょっと待ってて、と言うて売店に走る娘の
後ろ姿を目を細めて見ていたおばちゃん
「…英治くん」
組んでいた腕を引っ張られて、よろけそうに
なったオレを、ぎゅっと抱き締めたおばちゃ
んは、昨夜のようにオレの頬にキスをした
「あの我儘娘に付き合うてくれて、おおきに
これからも、気張りや?💕」
アレはめっちゃじゃじゃ馬やから、手なずけ
るのはめっちゃ大変やろうけど、ええ娘や
で?💕
そう言うと、いたずらっぽくウインクすると
もう一度、優しくハグされる
「頼むね、英治くん
それと、ホンマによう、頑張りました!」
そう言うと、背中をぽんぽん、と叩かれた
え?と思うたオレから、そっと身体を離す
(超絶、焼きもち妬きがやって来たから)
そう囁く姿は、実年齢よりもずっと若く見え
振り返ると、人ごみで何をいちゃこらしとん
のん?💢とふくれっ面の和葉が居た
はい、どーぞ、とビニール袋を差し出した
「もう、しょうがないなぁ、和葉はいつまで
も子供みたいで💕おいで、和葉ちゃん★」
そう言うと、おばちゃんはオレにしたんと同
じように和葉をぎゅっとした
人前やで、やめてや、と言うのもお構い無し
でハグをして、その頬にキスをして、元気よ
う新幹線に乗り込んで行ったおばちゃん
新幹線が走りだしたのを確認して、オレ達は
庁舎に向けて車を走らせたんやけど
「遠山、鳥蓮、ついて来い!!」
ざわつく庁舎から飛び出して来た降谷に、オ
レ達はそのままついて行った
「…新幹線が爆破された」
え?
「その爆破事故に、遠山のお母さんが巻き
込まれたみたいなんだ」
声も発せず、固まる和葉の肩を抱いた
オレ達の車を運転する降谷の隣には、青い顔
をした榎本係長も座っていた
混乱する都内を、すり抜けて車が走る
降谷は無線で誰かに誘導されて、都内を抜け
重軽症者が搬送されていると言う病院へと、
車をつけた
(うそや、おばちゃん
ついさっきやんか、ハグしてキスしたの)
俯いて、動かない和葉の白い手を握り込んだ
大丈夫や、可愛ええ自慢の娘残して、逝くワ
ケ無いやんか
オレにとっても、和葉にとっても、おばちゃ
んが最後の親やねんから
今度、デートしてなって、オレらに言うてた
の、アレ、嘘なんか?
病院に到着して、混乱する中おばちゃんが手
術中やと言う報せを受けた
控室で、他の家族に交じって手術結果を待つ
事になった
降谷と榎本係長は難しい顔をして、何やら話
合っていたが、今度は2人であちこちに電話
で指示を飛ばし始まった
「鳥蓮、ちょっと」
榎本係長に和葉を預けて、オレは降谷の後を
歩いた
「昨夜から、今朝まで、何か気がついた事、
無かったか?」
「元気にされてましたし、オレらにも親切に
接してくれて、昨夜はみんなで宴会したくら
いで、特には何も」
「いいか、これから24時間体制で、オマエ
は遠山母子についてろ、応援は呼んだから交
代要員はすぐに到着する」
「爆破は、遠山所長狙いやったって事か?」
「まだ、決定的な証拠は出ていない
でも、恐らくそうだろうと言うのが、オマエ
やオレが以前所属していた部署の見解だ」
「!!」
「オマエには、後で話がある
後、10年前、オレが捜査していたある事件
についても、遠山とオマエに説明する」
ただし、今は緊急事態だ
まずは、遠山の母親が助かる事と、遠山が不
用意に狙われないようにする、それが最優先
だ、いいな
「はい」
「英治!」「鳥蓮くん!」
工藤と姉ちゃんが黒羽と共にやって来た
「今日は工藤と毛利、明日は黒羽が一緒に警
護につくから」
榎本係長はそう言うと、黒羽を連れて降谷と
共に現場に向かうと言った
「黒羽くん、待って」
そう言うた和葉が、カバンから機器を取り出
すと、黒羽に差しだした
ウェアブルカメラだ
「了解、ばっちり撮って来るからな、まぁど
んと構えて待ってろ、和葉ちゃん💕」
そう言うと、黒羽は走り去って行った
黒羽は、和葉が留学中、一緒に居たと言う男
オレ和葉の恋人かと誤解しとったんやけど、
どうやら黒羽の恋人は別に居るらしい
姉ちゃんが、和葉とオレにペットボトルのお
茶を持たせた
まずは飲んで落ち着け、と
和葉の手にあるペットボトルの封を切って、
それを手に持たせなおした
のろのろと飲むのを確認して、自分も同じ
ように飲み干す
「和葉ちゃんに、聞きたい事があるんだ」
工藤が、和葉の前に膝をついて顔をのぞき
込んだ
新一、今じゃなくてもいいでしょう、と言う
姉ちゃんを差し置いて、今だから聴く、と
「和葉ちゃん、英国に住んでいた事があるっ
て言ってたよね?」
頷く和葉
「それ、もしかしてオレの家に住んでた?」
一瞬、間を置いて、和葉がそっと頷いた
「新一、知らなかったの?」
「あぁ、父さん達からは、知り合いの娘さん
を預かってるから、オマエは暫く来るなって
キツく言われてて」
だから、英国に行った時も、別宅で会ってた
りしたから
オレ、蘭以外のオンナの子に興味無かったし
さ、とさらりと爆弾発言をする工藤
「優作さんと有希子さんから口止めされとっ
たんよ」
誰の家に世話になっていたかは、出来るだけ
隠せと言われたらしい
「その割に、優作さんらにあちこち連れ出さ
れたんやけどね」
「じゃあもしかして、黒羽くんと知り合いな
のも?」
当時はようわかってへんかったけど、今にし
て思えば、黒羽くんは優作さんらに頼まれて
たんかも知れん
私の、ボディガードとして、と言う和葉
「いっつも一緒に居ってくれたけど、別にみ
んなに疑われるような関係でも無かったし
私はSkypeで恋人の青子ちゃんともようおし
ゃべりしとったの」
だから、学校も一緒やったけど、いつも東京
に居る青子ちゃんと3人で仲良しみたいな関
係やってん、と言う
工藤くんのご両親が、何で黙ってろ言うたん
か、その本当のところは、私、ようわからん
のよ
ごめんな、と言う和葉に、工藤は優しく笑っ
て言った
「大丈夫だよ、和葉ちゃん
面倒な事にした張本人達に、24時間以内に
帰国しなかったら、東京の家と蔵書、売り払
ちまうぞって脅迫文、送っておいたから💕」
「えええっ!」「新一!」
「オマエ、大丈夫なんか?」
「問題、無いだろ?話をややっこしくしたの
は、オレの両親みてーだからさ💢」
自分らで責任取らせる、と言う工藤
優作さんと有希子さんに申し訳ない、と言う
和葉
「OK,了解」
工藤はそう言うと、自分と蘭は一旦庁舎に戻
り、夜に交代するために来ると言った
2人を見送り、オレらは開かない手術室の扉
の前で待っていた
「遠山さんのご家族の方」
呼びに来た看護師に、立ち上がった和葉
別室で、手術や入院の手続きの説明をと言わ
れたんやけど
「すぐ行きます、ちょっとだけ待っててくだ
さい」
英治、先、行ってて、と言うので、オレ先に
部屋に入り、医師と共に和葉を待った
「すいませんでした」
隣に座った和葉の手を、指をからめてぎゅっ
と机の下で握りしめた
「救助された方の手当が良かったので、命拾
いされましたね」
「「え?」」
「あれだけの混乱の中、良くやったと思いま
す」
「あの…」
「出血が激しかったようで、一時は本当に危
険な状態だったのですが」
大丈夫ですよ、間もなく、意識も回復される
はずです、と言う
ほっとして、椅子にへたりこむオレらに、医
師は笑って言った
「こんなに可愛らしいお嬢さんと息子さん
が居たら、死んでも死にきれないと思うのが
普通ですよ、あはは💕」
「あの、その、母を救助していただいた方っ
て…」
「それが、この病院に搬送されるまで、救急
車の中でも治療を続けてくれたみたいなんで
すが、途中姿が見えなくなってしまって」
和葉とオレは顔を見合わせた
「うちの救命の看護師に言わせると、華櫻会
病院の理事長だって言うんですけど」
まさかねぇ、と笑う医師
華櫻会病院に、心当たりは無い
和葉も無いと言う
大阪に知り合いの病院があるから、転院を希
望されるようであれば対応しますと言う医師
に礼を言って、オレらはおばちゃんが眠る病
室へ向かった
目を覚ましたおばちゃんは、あちこち包帯で
巻かれていたけれど、元気やった
爆破で荷物はどうなったかわからん、と言う
おばちゃんが、ジャケットある?と和葉に尋
ねた
「うん、あるよ」
内側の胸ポケットの内側に、隠しポケットが
あるから開いて、と
薄紙に包まれたそれを、和葉から受け取ると
片手でそれを開いた
中から出て来たのは、細かい透かし模様細工
が施された小さな銀色のロケットペンダント
ひとつを和葉の掌に、もうひとつをオレの掌
に置いた
中を開いて見た
ひとつは、KAZUHA
もうひとつは、HEIJI
それぞれの蓋の裏側に、生年月日と血液型や
生まれた時の身長や体重などの細かなスコア
が刻まれていた
小さな赤子が、目を開いて手を伸ばした構図
の写真がそれぞれに入っていた
「ネックレスは、和葉が生まれた時に、銀司
郎さんが私にくれたんや」
銀司郎やから、銀で作った、言うてな
中の写真を撮ったんは、静華や
「平ちゃんの分は、生前、銀司郎さんが発注
しとったものを、私が加工して、静華が和葉
と同じ日に平ちゃんを撮影したんよ」
亡くなった時も、肌身離さず、静華はそれを
しっかり護ってた
だから、こっそり私が持ち出したんや
ホンマはしてはならん事やけど、これは、こ
れだけは、所有すべき人の元へ届けようと決
めたんや
「ちゃんと、懐紙に包んで保管しとったし、
静華の指紋もちゃんと取れる」
大事にしなさい、と言うおばちゃんは、オレ
に顔を見せろ、と言うた
傍の椅子に座り、メガネを外したオレを見て
ホンマにええ男になりましたな、と言うた
オカンの口調によう似てる
髪を梳かれる指先も、頬を撫でる掌も
その遠い昔、褒められるたびに、甘やかされ
るたびに触れられた指先であり、掌や
「油断、したらあきません
十分、気をつけるんやで?ええな?」
事件が終わったら、みんなで墓参り、行こう
私、銀司郎さんと静華にあやまりに行かな
「あやまるって、何を?」
「そんなん、決まってるやろが
平ちゃん、ええ男になったでーっ💕て、
うちの暴れ馬にやるのはもったいないけど、
もらってもええかって」
「「んなっ!!!」」
何言うてんのん?お母ちゃん、頭、どっかに
ぶつけて来たんとちゃう?
ってか、早うケガ治さんと、大阪帰られへん
ようになるよ?
冗談ばっか言うてんでええから、さっさと寝
て、はい、ベッド倒すよ!
「昔から和葉はこうやねん」
お母ちゃんが平ちゃんと仲良うしようとする
といっつも邪魔しよる、と拗ねるおばちゃん
煩い、寝ろ、と言う娘と、それをからかうお
ばちゃんを仲裁して、オレらは一端部屋を出
る事にした
そうでもせんと、寝ようとせえへんからや
部屋の目の前にある休憩スペースにつくと、
突然和葉が転けた
「何しとんねん」
ゴメン、と言いながら立とうとする和葉の手
足が震えてるのに気がついて、抱きあげて椅
子に座らせた
「大丈夫や、和葉」
オマエのオカンやろ、そんなやわや無いわ
せやなかったら、大事な宝物と暮らせんよう
なこんな生活、長く出来るワケないからな
「英治」
「ええからオマエは自分の母親信じとけ」
…うん
その夜は、工藤と姉ちゃんに和葉とおばちゃ
んを託して、オレは一端家へと帰った
身辺に気をつけろと言うおばちゃんに、念の
ため調べておこうと思うたんや
京極家に与えられた方の家は、特に異変は見
当たらんかった
冴島らに連絡すると、オレが帰るなら飯を買
って帰ると言う
「ほな、一足早うマンション戻っておく」
そう言うて帰ったオレは、急ぎ部屋の中をチ
ェックする事にした
何かが、自分に忍び寄って来ている気がして
いたんや
そして、オレのその勘は、正しかった
[2]
**2017年7月某日 ~遠山和葉の記憶**
捜査一課に配属されて、3ヶ月が過ぎた
相変わらず、事件、事件の毎日だけど、今ま
でよりはずっとマシやった
うっかり平次と呼ばんように、英治、英治と
言い続ける毎日は、以前よりもずっと楽しく
て、充実していた
でも、一方で、平次を取り戻す戦いの準備も
せなアカンので、そちらを急ぐ方が大変やっ
てん
てんやわんやの毎日の中、突然、お母ちゃん
が私の前に現れた
ホンマに何を考えてんのか、娘の私でも時々
ようわからんようになんねん
しっぽを付けた、暴れ馬の私より、英治達の
顔見てた方が幸せやーとか、平気で言うし、
英治と冴島くんがお気に入りのようで、腕を
組んで歩いたりと大騒ぎ
幸い、大きな事件も小さな事件も収束したば
かりのうちのチームだったんで、係長が気を
利かせて、私らに休んでええでーと言うてく
れたもんやから
沖田くんのお誘いにほいほい乗っかるお母ち
ゃんを連れて、英治達の宿舎にお邪魔した
私と英治で食料品を買いに行って、沖田くん
らはお母ちゃんとデートしてくる言うて、飲
みモノを買いに行った
献立をどうしようかなぁ、と悩みながら歩い
ていると、珍しく英治がリクエストした
そうめん食べたい、と
せやねぇ、もうすっかり夏やし
簡単やし、ええか、と、後は昔平次が好きや
ったモノを並べる事にした
お母ちゃんが、沖田くんも可愛がるけど、特
に英治と冴島くんに甘えるのにはワケがある
お父ちゃんに、背格好が似てるからや
私のお母ちゃんは、どこか少女気質が抜けて
へんようなところがあって、平次の事も、絶
対にええ男になる、私には判るって、いっつ
も言うててん
背が高くて、スラリとしとって、でも細身で
はなく程良く筋肉質
武道をやってたらなおよし、がお母ちゃんの
タイプやねん
お父ちゃんんの死後、お母ちゃんのところに
は、子持ちやって言うのに仰山お見合い写真
の山が出来てて、逢う気も無いんに、見ては
これはええ、これはタイプやない、とやって
た母を思い出す
買い物を終えて、エコバックを担ごうとした
のをさらりと英治に奪われてしまう
軽い荷物と交換されてしまうと、何か恥ずか
しいと思うけど、英治はひょうひょうとした
表情を崩さへん
きっと、めっちゃモテたよね
何だかんだ言いつつ、優しいし
英治の好みは判りやすい
失踪する直前、英治が追いかけていたんは、
学年1のアイドルの子やった
お人形さんみたいに愛らしい子で、彼女はも
う芸能活動を始めていたんや
せやから、お付き合いは当然事務所NGやね
んけど、毎日、告白だのプレゼントだのと言
うては行列が出来てた
英治も、自分もそろそろ何かしたいとか言う
てて、おばちゃんに、アンタ趣味悪いって言
われて大ゲンカしとったなぁ、と思い出す
「和葉、アンタは何かそう言う話ないの?
まったく、しょーもない」
ようお母ちゃんにはそう言われたけれど、私
の理想はお父ちゃんやし、お父ちゃんより恰
好ええ人見た事ないし、同級生で自分よりも
武術が強い子も居らんかったし
まぁ、敢えて選ぶなら、平次やったな、うん
…へ?
「どないした、和葉」
隣を歩く英治が顔を覗き込んできた
な、なんでもあらへん、と言うてぶんぶんと
頭を振る
な、何を考えてんの、私???
私が、平次を?
無い、絶対、無い、あるわけない
だって私は年上好みのはずやもんっ
(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾
急に浮かんだ構図に、私はひとり慌てたけれ
ど、隣を歩く英治は上機嫌で鼻歌交じり
そう言えば昔も、夕飯とかご飯が好物だと判
ると、こうして浮かれていたよな、と思い出
しておかしくなった
「へぇ、そうめんもこうして食べたら飽きな
くていいな」
具だくさんのそうめんを、嫌がる人も多いん
やけど、たくさん並べて好きなのをどうぞ、
とすると、みんなそれぞれ個性が出て面白い
男性陣は足りんやろ、思って大量に揚げた唐
揚げも、サラダも、出し巻きも完売御礼
冴島さんは、特に唐揚げと出し巻きは自分で
も挑戦してみる、と言うてくれた
お母ちゃんは上機嫌で飲み倒し、沖田くんが
結局お母ちゃんと同じくらいの勢いで飲み倒
してダウンした
どうしても、私と英治と寝ると言うお母ちゃ
んに引きずられて一緒の部屋に寝るハメにな
ったんやけど
「英治、電気付けててもええよ?」
「携帯あるから大丈夫や」
ベッドに英治、その下に布団を敷いて私とお
母ちゃんの順番で眠る
英治が灯りがどこかに無いと眠れんと言うの
は工藤くんから教えてもろうてん
「この間の京都、星、凄かったよな」
「せやな」
「私はあんまり見られへんかったけどな」
「おー、そらオレが爆睡してしもうたからな
ぁ、すまんかったな💢」
「どーいたしましてー」
「事件絡まん時やったら、もっとゆっくり、
本格的に見たんやけどな」
「本格的?」
「おお、ちょっとだけ、天文学にはまった時
期があってん」
「天文学?へぇ、面白そうやね」
「面白いで、中々」
ああでもない、こうでもない、くだらんお喋
りしている間に、私も平次も眠ってしもうた
らしいねん
朝から張り切ってご飯用意してくれたお母ち
ゃんにもビックリしたけど、駅のホームで、
恋人同士みたいなハグしとる英治とお母ちゃ
んにもびびった私
確かに、昔から平次、うちのお母ちゃんの事
大好きやったもんなぁ💢
庁舎に帰る車の中で、英治が言うた
あのおばちゃん、本命は冴島やな、と
「えー!アンタもそう思うのん?」
「おぉ、それしか無いやろ
オレは、せやな、滑り止め、言うやつやな」
(平次、それは無いわ
昔から、お母ちゃんはアンタ大好きやった
しなぁ?相思相愛やったやんか)
やいやい言いながら、庁舎に着いた私達
車を停めて、庁舎に入ろうとして、何だかざ
わついている庁舎入り口から、どんどん人が
飛び出して来た
「遠山!鳥蓮!」
降谷係長と、榎本係長が飛び出して来て、英
治から車のキーを奪い取ると、着いて来いと
言った
ホンマに驚いた時
ホンマに哀しい時
涙も声も出えへん事を、私は知っている
係長から、お母ちゃんが新幹線爆破事件に巻
き込まれたらしいと聞いて、頭が真っ白にな
った
昨日、突然現れたお母ちゃんは、英治達に囲
まれて、めっちゃ楽しそうにしてた
上機嫌で、みんなの頬にキスまでして
そして、数時間前には、大好きな英治とホー
ムで恋人ばりのハグと頬にキスまでして
英治だけでは物足りなかったんか、珍しく、
私にまでそうして
お母ちゃんとご飯食べたの、数ヶ月ぶりで
お母ちゃんの手料理食べたのは、10年振り
やったのに
何でなん?
どうして?
膝の上で、ぎゅっと握りしめていた掌を、こ
じ開けて指先を絡める掌が視界に入る
ぎゅっと、痛いくらいに握りしめる掌をぼん
やり見ていた
息をしろ、和葉
大丈夫や、大丈夫やから、落ち着いて
そう聞こえた気がして、何とか呼吸してみた
どうやって車から降りたのかも
どうやって待合室に辿り着いたんかもわから
んくらい、思考停止どころか、感覚も無い私
英治はずっと一緒に居てくれた
それだけは、理解していた私やった
黒羽くんや、蘭ちゃん、工藤くんまで駆け付
けて来て、工藤くんからは英国時代の事を聞
かれた
優作さんと有希子さんが来るらしい
工藤くんには内緒やってん
工藤くんの英国の家に暮らしていた私の事は
そう言えば、何で秘密やったんやろか?
看護師さんに呼ばれた時、強烈な吐き気を覚
えて、英治に先に行って貰うて、椅子にへた
り込んだ
吐き気が収まり、目眩が収まるのを待って、
私は自分の顔を両手でぱんっ、て叩いてから
英治が看護師さんと消えた部屋へと向かった
お母ちゃんは、大怪我を負ったものの、誰か
が適切な措置を施してくれたおかげで命拾い
した
もし、それが無かったら危なかったと言う医
師の言葉に、心臓が握られるような気持ちに
なった
お母ちゃんを寝かせ、病室を出た途端、腰が
抜けてしもうた私を、英治は椅子に座らせて
くれたんや
「大丈夫や、和葉」
オマエのオカンやろ、そんなやわや無いわ
せやなかったら、大事な宝物と暮らせんよう
なこんな生活、長く出来るワケないからな
「英治」
「ええからオマエは自分の母親信じとけ」
…うん
そう言うと、英治は戻って来た工藤くんらに
私を託して、病院を飛び出した
その背中を見ながら、酷く不安を覚えた私
そして、私のその勘は正しかった事をこの日
私は知る事になった
第4章後編へ、
to be continued
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