You're all surrounded [第3章−前編]
第3章 人が出逢うと言うことは・前編
[1]
**2017年6月某日 ~鳥蓮英治の記憶**
捜査一課に配属されて、2ヶ月が過ぎた
「出張?」
部屋に戻ると、和葉が降谷から何やら指示を
受けていて、オレも呼ばれた
今日、検挙した犯人の共犯者が故郷に帰った
と言う噂があるらしい
工藤達は、逮捕したやつな事情聴取やら裏取
りがあるので、オレ達に行けと言うんや
「オマエら、コレは仕事、だからな」
「わかってます、でも、どう言う意味です?
係長」
和葉が珍しく降谷にくってかかった
「いや、文字通りの意味だ
帰りは犯人と3人で、帰って来るように」
「勿論です」
この間のキスを、この男が目撃しとる事を和
葉は知らんのや
せやから、何でセクハラまがいの発言をされ
るんやと疑ってん
そして、降谷はオレと和葉が付き合うてると
完全に、勘違いしとんねん
まぁ、オレにとっては正体を探られるよりも
目眩しになって一石二鳥や
でも、出張か、と頭が痛くなるオレやった
これで暫くまた個人的な捜査をする時間が削
られる、言う事やからな
「車、借りて来たで」
「ほな、私がアンタを迎えに行くし」
オレが和葉を迎えに行って、現地に向かうと
言うたのに、和葉がそれを固辞して
自分が迎えに行って、向かう方がルート的に
は効率が良いと言うてきかんのや
「わかったって、ほなよろしゅうな」
「OK」
翌朝、と言うより夜明け前
約束の時間通り、和葉は車で迎えに来た
運転を代わると言うたオレに、帰りは運転し
てもらうし、途中で交代してもらうから、と
言うて、ハンドルを握った和葉
現地は快晴らしい
「あ〜、この陽気やったら、バイク乗りたか
ったなぁ」
「は?バイク?乗るんか?自分」
「乗るで?一応、大型の免許もあるし、府警
に入ってすぐの頃は、要人警護のヘルプとか
する時に白バイも乗ったし」
唖然、として隣でハンドルを優雅に操る和葉
を見ていた
「英治は?」
私は留学中、もっぱら移動はバイク中心やっ
たんよ?と笑う和葉
ホームステイ先の人が、貸してくれたのだと
言う
帰国後もと思ったらしいのだが、仕事柄、メ
ンテに費やす時間が足りないと断念したと
「オレも、高校から乗った」
もっとも、京極家のを借りてやけどな
大学進学の時、そのバイクを真氏が譲ってく
れたんで、本来のオレの家の方に保管してあ
んのや
「いいなぁ!ちゃんと乗らな、可哀想やで?
ええバイクやん」
バイクの車種だけで、特徴やら何やら細かい
事を言い当てる和葉と、バイク談義で盛り上
がる
この容姿でバイク乗り
それも、かなり詳しいときた
さぞかし、英国でも日本でも騒がれたやろな
と思う
ライダースジャケットは、成人記念に贈って
貰うたと言う和葉は、ライダーススーツはま
だ手を出さずにいると言うた
「だって、ライダーススーツ、言うたら、ど
うしても意識、してまうやろ?」
「?」
「…峰不二子」
ぶっ、あはは🤣
ちょっと拗ねて、そう言うた和葉に、オレは
思わず吹き出した
「そんな笑わんでもええやろ💢」
「いや、せやな、確かに、イメージはそれや
ろな」
オマエや身体が薄過ぎて、確かにイメージに
は程遠いな
(スタイルが悪い、言うわけや無いで?
あの肉感的な感じを出すには、少なくとも後
5キロ以上いやもっとか、増量せな無理や)
「うっさいわ💢」
そんなん、言われんでもわかっとるっちゅう
ねん、と拗ねながらも、車は滑らかに走って
行く
ドライビングテクニックも中々なモノやった
ライダーススーツねぇ、オレは似合うと思う
んやけどな
胸かて適度にあるみたいやし、手足は長いし
背もオンナにしたら高い方やし
峰不二子よりは、ボーイッシュな感じになる
とは思うけど、オレの好みには…
「…何?」
前方を見据えたまま、オレにそう言うあたり
勘も鋭いらしい
オレがいらん想像を始めた事を、気付いたん
やろうな
こら気をつけなアカンな、と思う
コイツだけは、これ以上振り回したくないし
これ以上、巻き込まれても欲しく無いから
「なぁ、オレ、ちょっと寝てもええ?」
「うん、まだまだ到着せえへんからええよ」
椅子、倒してちゃんと寝たらええよ
後ろにブランケットもあるし、と言う和葉
確かに、マドラスチェックのブランケットが
畳んで後部座席にあった
それを借りて、椅子を倒して転がった
もちろん、本格的に眠るワケや無い
ただ、これ以上和葉と話していると、余計な
ボロを出しそうで、アカンと思うたんや
和葉は上機嫌で、鼻歌どころか口ずさみなが
らハンドルを握っている
安定した走りのエンジン音と、和葉の奏でる
微かな歌声を耳にしながら
…どうやらオレ、爆睡した様子
「アンタ、すうすう寝息立てて寝てたで?
子供みたいやなぁ、普段はめっちゃ生意気や
のになぁ?」
寝てる間は、天使や💕
めっちゃ可愛ええな、写真でも撮っておけば
よかったなぁ~💕
SAに車を停めた和葉に、そう言うて笑われ
るハメになった
(熟睡なん、出来んはずやのに、オレ)
どうも、和葉と行動しとると調子が狂う
そこから先はオレが運転する、言うて、現地
に着いたら土地勘のある和葉に交代する約束
で、オレがハンドルを握り、助手席の和葉に
は寝ておけ、と言うた
何せオレら、夜が明ける前に東京を出てて、
殆ど寝てへんからな
「私は大丈夫や」
とか言うてたクセに、走り出して5分と経た
ずに、すうすう寝息を立てて眠る和葉
残念ながら、窓側に顔を向けて寝てしまいよ
ったから、可愛ええ寝顔はガラス越し
昔から、眠りに落ちる和葉は格別に可愛ええ
超お子様の時には、本気で和葉はお姫様や、
思うてた時期もあったし
(今考えると、オレも工藤の事、笑ってられ
へんで、ホンマに)
和葉の寝顔など、子供の頃は、しょっちゅう
目にしとった光景やのに、と思いかけて、ぶ
んぶんと頭を振ってオレは運転に集中した
ずれたブランケットを少しだけ直してやって
後は車をガタつかせへんようにして、走らせ
る事に集中する
最初に、京都府警に立ち寄る予定
車を回し、到着しても、すうすう寝息を立て
て気持ちよさそうに寝てる
どないしよう
このまま寝かせておくか?とも思うたんやけ
ど、さすがにひとりで挨拶はまずいよな、と
思うて、オレは和葉を起こした
ふにゃり、とした寝起きの顔は、子供ん時に
見た顔そのまんまで、思わず爆笑してしまっ
たオレ
オレは見てもええけど、他の奴らには見せた
無いなぁ、この顔は、と思いつつ、和葉には
憎まれ口を叩いて、身だしなみを整えさせた
「さ、挨拶、行くでー」
ん、と言うて隣を並んで歩く和葉と共に、府
警への挨拶回りをしようとしたタイミングで
オレは会いたくない顔と対面する
「おう、鳥蓮、遠山」
「風見さん」
このままずっと行動一緒は嫌やな、と思うた
オレの声が届いたんか、
「心配せんでも、オレは別件の裏付け捜査
で忙しいし?
オマエらの仕事にまで首、突っ込んでる余裕
なんか無いからなl」
ちゃっちゃと逮捕して、さっさと東京、帰れ
いいなー、と言うと、府警の刑事達と共に、
どやどやと車に乗り込んで出て行った風見
(アイツの周辺からも、変な動きは無いし
ホンマ、手詰まりや)
降谷だけではなく、当然風見の事も調査して
いるんやけど、こっちは降谷以上に何も出て
来ないんで、オレはホンマに手詰まりを感じ
てんのや
オカンの事件はもう10年が経過して、風化
も進んでしもうてる
新たな証人や、新たな証拠を得るのは、ほぼ
宝くじを当てるくらい、難しい
深いため息を吐いたオレの背中を、和葉が
ぽん、と叩く
「英治、ため息は吐いたら、吸わなアカン
幸せが逃げるで?」
にやり、と笑う和葉に、コイツはエスパーか
と突っ込みを入れたくなったオレやった
[2]
**2017年6月某日 ~遠山和葉の記憶**
捜査一課に配属されて、2ヶ月が過ぎた
そんな中、工藤くんらとタッグを組んで追い
かけてた犯人が、実家に戻り潜伏しているの
ではと言う話が持ち上がった
共犯者を先に検挙したので、工藤くんらはそ
の聴取や裏取り捜査に、私と英治はその犯人
の故郷に飛んで、捕まえて来い、と言われた
京都やし、土地勘はある
電車で、と思うたんやけど、覆面車両で行っ
た方が楽やと思うて、英治と車で行く事にし
たんや
行きの車内は、バイク談義で盛り上がった
途中から、英治は寝息を立てて眠り込んだけ
ど、私はそっとブランケットを掛け直してや
って、休憩に立ち寄ったSAまで英治を寝か
せてやった
きっと、安眠などしてへんやろ、と思うたか
らやねん
英治は平次と同じ、褐色の肌色やからあんま
り目立たんのやけど、いつも睡眠不足の証が
目の下にあんねん
ええ男が台無しやでーと思うんやけど、でも
英治が平次やったら、その事情は容易に推察
出来る
そら安眠なんて、とても無理やと思う
自分の人生隠して逃げるなんて、大人やって
狂ってしまう人かて居るのに、平次はたった
13歳やってん
少しでも、眠れるように、小さい声で昔よう
歌ってた洋楽を適当に思い出して口ずさんだ
スピードも緩めて、あまり飛ばさんようにし
て、何とかまとめて眠らせるように集中した
(…アンタ、やっぱり平次やね)
他の誰もわからんくても、私にだけは判る
解けない靴紐の結び方
機嫌が悪い時の眉の動き
半足引いて立つクセ
英治が平次なら、良かったと素直に思える
無事に、生きててくれたんやって
それはもう、苦労したやろうけど、それでも
生きててくれて、ありがとうって、そう思う
自分の人生も、無駄では無かったと
平次と、英治と出会えた奇跡
そう思えると思うた
英治が認めてくれるまで、私は待とう
そう決めた
眠るのに、メガネは邪魔やと思うんやけど、
外すと飛び起きるような気がしてそのままに
する事に
案の定、SAで起こすと、飛び起きた英治
寝起きのきょとん、とした顔は、昔に見たあ
のとても懐かしい顔やった
間違いないな、と思うたら、自分もここ最近
の疲れを思い出してしもうた
運転を代わりたいと言うので、仕方無く私が
助手席に移り、横になった
ポニテが椅子に当たるので、窓の方へ向いて
横になると、さりげなくブランケットを直し
てくれる手に気がついた
それに安堵して、爆睡してしもうた私
子供や無いんやから、と爆笑する英治の顔を
見て、酷く恥ずかしい思いをしたけれど
京都府警に挨拶に行くと、風見さんが居た
英治はめっちゃ不機嫌そうな顔をしたけれど
風見さんは、府警の刑事さんと色々回らなく
てはならないらしく、
ちゃっちゃと犯人挙げて、さっさと帰って来
いよーと言うと、すぐにどこかへ行ってしも
うたんや
府警の刑事さんに挨拶して、容疑者の親族が
暮らす場所を教えてもろうて、もう既に張っ
ててくれたらしい事を知る
「いやぁ、宮野さん直々にお願いされちゃあ
動かんわけにはいかんでしょ」
人のええその刑事さんがそう言うた
一課長が??と、私と英治は思わず顔を合わ
せた
「ちなみに、今日はもう動きは無いと思いま
すよ?」
英治と私は仰天した
容疑者の向かうであろう地域は、かなり奥の
奥にあって、利用出来る交通機関も限られて
いるらしい
もう、最終のバスも出た後だと言われた
車で行ったとして、その地域に向かう入口は
ひとつやって
「その入り口を監視出来るところに、旅館が
あるんで、その2階を1部屋、もう借りてあ
ります」
小さな旅館だったけど、最近建て直したばか
りらしく、満室やった
「平日やのに、すごい人やね」
「ホンマやな」
今日の私たちは、スーツやない
カップルを装うため、普段着やねん
念のため、オーナーにしか、警察やって事を
言うてへんと言うてたから、案内してくれる
仲居さんは、私らをカップルやと誤解しとる
部屋に入り、食事の時間やら何やらを決めて
後は2人にしてくれと言うて部屋に入る
縁側に椅子が並んで、テーブルもある
2人で双眼鏡とカメラをセットして行き、後
は交代で見張るだけ
部屋の障子を閉めてしまえば、縁側の様子は
よう見えん
監視するには、最適の場所やったし部屋や
英治と、仲居さんが出入りせえへん時間帯の
間にやれる事をやろう、と、打ち合わせや署
への張り込み開始連絡やらを手分けして行い
交代で風呂にも行った
普通にしとらんと、怪しまれるし、この旅館
に、もし犯人の内通者が居っても困るからや
温泉は、めっちゃ気持ち良かった
浴衣で涼みたいけれど、そう言うワケにはい
かんから、万が一、逮捕に飛び出しても大丈
夫な恰好をせなアカン
とりあえず、ストレッチの効いたパンツに、
ゆったり目のチュニックを合わせた
化粧は落として、保湿だけ気をつけて部屋に
戻った
「動き、あった?」
英治も、部屋着よりは少し畏まった格好で監
視を続けている
「無いなぁ」
そう言うて、私を振り返ってびっくりした顔
をした
「?」
「いや、何でも」
ってか、オマエ、そんな恰好しとると学生と
区別つかんな、と笑う
「えー、それは無理やわ」
さすがに、大学生に化けるのは無理あるわー
一応、25過ぎとるしと言うと、英治は苦笑
した
「せやな、オマエの場合は一応、ってとこや
んな」
「何それ、バカにしとるん?」
「いや、そう言うワケとはちゃう」
そう言うと、無駄に長い脚を組みかえて、ま
た監視へと目を向けた英治
スーツも似合うけど、こう言う普段着も様に
なると言うか、何と言うか
(間違いなく、モッテもて、やな)
「何や?」
「何でもあらへん💢」
「・・・襲うなや?オレは襲われたらちゃ
んと訴えるからな?」
「は?何言うてんの?💢」
アンタ襲う程、不自由してへんわ!と言うと
急に不機嫌そうな顔をした
「遊びたい放題ってワケか💢」
「アンタアホちゃうの?💢私の一体どこに
そんな時間、あると思うてんのよ」
「はいはい、そうでっかー」
そう言うと、ぷいっと窓の外へ顔を向けてし
まって口をきいてくれんようになった
(先が思いやられるな、今日は)
そっとため息を吐いて、私は端末を立ち上げ
て報告書をまとめ始めた
夕飯は、中々美味しかったし、仲居さんも可
愛ええ人で、これがプライベートやったらど
んだけリラックス出来たか、と残念に思う
食後、ぴったりくっつけて敷かれた布団を見
て、英治がため息を吐いた
「アンタ、先に寝てええよ」
帰りはアンタに運転やし、と言うと、何やそ
れ、と言うて漸く笑顔を見せる
私は、布団から毛布を引っ張って来て、包ま
って縁側の椅子に座った
「お、それええな」
オレもそうしよ、と言うと、英治も毛布を持
って、目の前の椅子にどさり、と座る
「ちゃんと、お布団で寝た方がええよ?」
そう言うと、英治が上を指さして笑った
「ここ、めっちゃキレイに見えるんやで」
?
上を覗くと、星空がキレイに浮かんでいる
「うわぁ、ホンマやね!」
椅子に横にひっくり返った英治は、空を見上
げながら、毛布に包まった
「ホンマ、器用に寝るなぁ」
「まーな
なぁ、自分、監視しとる間、暇やろ?」
「暇って何やねん💢真面目に仕事しとるっ
ちゅうに」
適当に、ラジオ代わりに働いてや、と言う
何でもええから、適当に歌っておけ、と
演歌がええ?とか色々からかってやって、冗
談やって言うて、適当に洋楽を歌い流しなが
ら監視を続けた
やっぱり、途中から、すうすう寝息立てて眠
ってる英治やった
(やっぱり、平次や)
おやすみ、平次
偶には、悪夢より素敵な夢を見てや
気合いを入れて監視を続けながら、私は事件
のデータをまとめたり、報告書の支度をした
りと手を動かして、眠気を堪えた
帰りの車では、寝ようと決めたので、英治の
事は起こさんかった
動きがあるなら、夜が明ける直前やろうと思
い、ストレッチしたり準備運動をしていると
予想通り、現れた
「英治!!」
揺すってから、私は部屋を飛び出した
すぐ後から飛び出して来た平次に追い抜かれ
平次に飛びかかろうとした犯人を投げ飛ばし
平次に制圧してもろうた
確保した犯人は、応援に来てくれた風見さん
が回収していってくれたので、私と英治も、
その風見さんの車に続いて帰る事になった
「オマエ、昨夜、一睡もしてへんやろ」
助手席や無くて、後ろで寝てろ、と言われた
んやけど、さすがにそれは無理と言うて、助
手席に寝る事にした
無線に応答したり、係長からの電話に対応し
たりと忙しかったけど、横になれただけでも
かなり楽やった
庁舎に辿りついて、犯人の聴取が始まり、私
らも裏取りに参加して、庁舎から解放された
んは、3日後の事やった
眠くて身体は限界に近かったけど、どうして
も確認せずにはいられなくて、私は、英治達
が暮らすマンションを訪ねた
冴島さんと沖田くんは夜勤で不在なのをわか
った上で、や
英治は、扉を開けて私やとわかると、帰れと
言うた
話がある、3分だけ、と言うて、無理矢理、
部屋に入った私
「私は、やっぱりアンタが平次やと思う
でも、認められへん事情があんのやろ?」
英治は、うんざり、と言うた顔をした
何遍違う、言うたら気が済むんや、と
それでも、私は食い下がった
みんな、アンタを捜してるんやで?と
少なくとも、私には、知る権利がある、と
最初は強硬に違う、と言うてた英治
「あぁ、もうええわ、3分経つしな」
背を向けて、部屋を出ようとした私に、英治
が言うた
自分は、平次ではないけれど、そいつを知っ
てる、と
振り返った私を、英治はしっかり見ていた
「せやから、伝える事は出来る…その、友達
やから」
そう言うた英治に、私は言うた
「元気やったらええの
でも、何か困った事があるんなら、相談して
欲しい」
それだけ、伝えて、と
わかった、と言う英治に背を向けて帰ろうと
して、私は声をかけた
お腹空いたんだけど、夕飯、もう食べた?と
今日はもう、車やない
この間から、気になってたうどん屋さんに入
って、ちょっとだけビールも飲んだ
俯いて食べる英治の姿に、平次の姿が重なる
嬉しくて、つい見てると、面倒そうな顔をさ
れてしまった
「あれから、どうしてたの?…その、友達」
「別にどうも」
「誰か、助けてくれたん?」
こくん、と頷いた
「施設で、困った事とか無かったん?」
まだ質問するんか?と言う平次にちょっとく
らいええやん、と返した
「何も、困らんかったから、困った」
「え?」
平次を助けてくれた京極家には、必要以上に
手厚く保護されたし、施設でも、自分には、
すぐに後見人が現れた、と
だから、進学も問題無く出来たし、短期やけ
ど語学留学も米国、英国と行った、と
「そっか、良かったなぁ」
それ以上言うたら、泣いてしまいそうやった
から、食べよう、と促した
乾杯して、ビールのグラスを空けて、一緒に
うどんを食べる
「なぁ、英治」
友達に、必ず伝えてや?
ホンマに、ちょっとでも困ったら、相談、し
てやって
もし、誰にも言えん事があったら、黙って聴
いてあげるから、言いに来てやって
びっくりしたような顔をした英治は、そっと
頷いた
「さ、冷めてしもうたらもったいないやん!
食べよう、な?」
目に滲みそうな涙は、おうどんの湯気で隠し
て、くだらない話をしながら、食べた
英治達のマンション近くの公園で、そこでえ
えよ、と言うて別れる
でも、背を向けて歩き出した英治の背中に抱
きついた
「何すんねん、いきなり」
戸惑いながら、振り返ろうとするのを、出来
んように、背中に顔を埋めて、お腹に回した
手をぎゅっと握った
その手に、平次の手が重なる
外そうとする平次の手の動きを、ぎゅっと握
って抵抗してやった
「ありがとう、平次」
「え?」
「生きとってくれて、ホンマに、ホンマに、
ありがとうな」
それと、アンタがホンマに大変な時、助けて
やれんで、ゴメン
でもな、アンタの代わりに、おばちゃんの事
私がちゃんと抱き締めてから見送ったんよ?
精一杯、気持ち込めて見送ってあげたんや
平次が息を飲むのも、何かを堪えるのも判る
身体が震え、私の手を解くのではなく握るの
も判った
その背中に顔を埋めて告げた
それは、きっと、おばちゃんが言いたかった
事やと思うから
「…ホンマに、よう、頑張りました」
私の手に、何か熱いモノがはらはらと落ちた
それはきっと、私の瞳から溢れるモノと同じ
やと思う
見えへんけど、私にはわかる
「アンタの秘密、誰にも言わん、約束する」
だから、もう少しだけ頑張ってや、英治
重ねられた手の指先を、自分の指先に絡めて
ぎゅっと握った
それは、昔からやっていた、指切りの代わり
平次と私の、約束のサイン
「振り返ったらアカン、もうまっすぐ帰り?
ほな、また明日な!」
背中から抱き締めていた腕を解いて、私は背
を向けバス停へと向かって全力で走り出した
到着したバスに飛び乗る
ゆらゆら揺られながら、私は空を見上げた
おばちゃん、ちゃんと、宝物、見つけたで?
遅くなってしもうて、ホンマに、ゴメンな
後は、犯人を必ず捕まえるから
もう少しだけ、時間、頂戴な
「また明日」
平次に、ちゃんとそう言ってあげられた
それだけで、嬉しくて頬が緩むのを止められ
へん私が居た
第3章後編へ、
to be continued
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