You're all surrounded [第1章−前編]

大阪・寝屋川市連続強盗殺人事件
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事件概要:
2006年3月-4月に発生した3件の連続強盗殺
人事件で、犯人特定にも至らないまま、現在
も尚、未解決事件のままとなっている
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1件目: 織物職人強盗殺人事件
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●事件現場
寝屋川市在住、織物工場勤務の職人Aの自宅
2階寝室及び1階居間
●被害者
職人A本人とその妻
●被害状況
現金100万入りの家庭用金庫ごと盗難
●メモ
職人引退を間近に控え、妻と初めて海外旅行
へ行くと周囲に告げていた夫妻
多額の現金は、そのために用意されたものと
みられているが、出所が不明
夫妻に金銭トラブルの要素は無く、質素堅実
を絵に描いたような暮らし振り
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2件目: 印刷工強盗殺人事件
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●事件現場
寝屋川市在住、印刷工場勤務の職人Bの自宅
アパート
●被害者
印刷工本人
●被害状況
室内ほぼ総てを家捜しされた痕跡あり
現金及び貴金属類は一切無く、金目のモノは
ほぼ総てを持ち出されていた          
●メモ
室内の数か所に、特殊インクの染みが残留
※後日、科捜研の鑑定結果として、紙幣に利
用されるインクのひとつと成分が一致したと
の報告有り
聞きこみの結果、職人AとBは知り合いのよ
うで、職人Aが殺害された当日、事件現場付
近で、職人Bの複数の目撃情報あり
※ただし、職人AとBの接点は不明で、職人A
の事件現場から職人Bの痕跡は一切出ていない
寡黙な職人肌と言う評判で、こちらも金銭ト
ラブル含め、周囲との揉め事は確認されては
いない
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3件目: 服部邸殺人事件
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●事件現場
寝屋川市在住、府警科学捜査研究所所長服部
静華氏自宅邸内
1階応接間、及び台所、居間等
●被害者
大阪府警科学捜査研究所 所長
服部静華(36歳)
●行方不明者
服部平次(13歳)
私立改方学園中等部1年A組在籍
静華氏長男、事件当日午後より行方不明
●被害状況
金庫をこじ開けようとした跡はあったものの
搬出は断念した様子
1階の洋間タイプの応接間を中心に、1階部
分の大半が荒らされていた
静華氏の通勤用バック、息子平次氏の通学鞄
等が発見されず
●メモ
被害者が倒れていた応接間のソファの下から
平次の毛髪等が発見事件を目撃していたもの
と思われるが、その消息は生死を含め不明
また、荒らされた現場は、入念に指紋等を消
去した痕跡もあり
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第1章 再会と最初の事件・前編

[1]
**2017年4月某日 ~鳥蓮英治の記憶**

ダークグレーのスーツに袖を通し、ネクタイ
を締め、自宅マンションを後にした

警視庁へ向かい、指定された一課長の執務室
へと向かうと、既に何名か、新規配属になっ
た面々の顔がそこには在った

その顔触れの中に、居るはずのない人物を数
人、見かけ、苦笑する

工藤新一
(ここまで来ると腐れ縁としか言えへんな)
大学時代も、何かと事件で遭遇したが、その
後も入庁後、何の因果か警備局でバディを組
んで、事件解決を果たして来た相手

「部署異動願いを出した」

とは訊いていたけれど、まさか工藤も一課と
はなぁ…

「何だ、服部もか」

幸い、班は別だった
一課に異動したら、工藤とは距離を置きたか
ったんや

理由はただひとつ
あの事件捜査に、工藤を巻き込みたくは無か
ったし、邪魔もされたくなかったから

オカンの事件は、オレの手で葬ると
そう決めていたからや

工藤は勘もええし、捜査の才覚もある
だからこそ、少し離れた距離で、好敵手とし
て居る分にはええんやけど、一緒に捜査とな
ると、オレの中の負けず嫌いが疼いてしもう
て、うまいこと行かんようになってまうねん

10年が過ぎてもなお解決せんあの事件
どうやっても、やっかいな事になると思うて
るオレとしては、工藤には首を突っ込んでは
欲しく無いねん

それに、オレはオレの出自を偽ったままや
誰も、オレの本当の名前も知らんし、その過
去も知らん
その方が、動きやすいから構わんのやけどな

工藤は嬉しそうな顔で、毛利の姉ちゃんを見
つけると、飛んで行った

毛利蘭は、オレらより2歳上で、工藤の幼な
じみやと言うてた

「生まれた時から愛してる💕」

アイツはそう言うくらい、姉ちゃんにぞっこ
んで、オレも何度か工藤を交えて一緒に飯を
食った事もある

(どうやら、姉ちゃんと同じチームになれた
らしいな)

凄い強運、と言うか、工藤、オマエはどんな
手段を使うたんや?

「よっ、英治」
軽く手を上げたのは、沖田総司
剣道の大会で何度も競り合った相手で、自分
は同じ警察でも、インドア派やー!アウトド
ア派のオマエとは違うとか何とか言うてだっ
たはずなんだが

コイツはオレと同じチームと判り、オレは密
かにタメ息を吐いた

そして、絶対にここで会うはずの無い奴がひ
とり

室内の男共が、話すきっかけを捜してその周
囲をちょろちょろしているのも全く気にかけ
ず、堂々とした大阪弁で、電話で誰かを叱り
飛ばしているオンナ

ポニテに大きな黒い勝気そうな瞳に、白い肌
スラリとした肢体は、ダークなパンツスーツ
程度では隠し切れていないらしく…

取り敢えず、オレの目の前でいやらしい発言
をした奴の脚はひっかけて転がしておいた

変装のために、眼鏡を掛けていて正解だった
と思うオレ

和葉は、ちらり、とオレを見て頭を下げた後
また電話口で何かを言い捨てて電話を切った

どうやら、オレの正体については全く、気が
ついていない様子

「蘭ちゃん?」
あ、隣に居るの、工藤くんやない?と和葉の
声がして、オレはズッコケそうになった

工藤の姉ちゃんと、和葉が並び喋る様子を、
色々な奴らが興味深そうに見ていた

確かに、この2人並ぶと、ここはどこの職場
かと疑いを持てるレベルやった
案の定、数名の男にターゲットにされた様子
の2人

暫くして、捜査一課長を先頭に上席達が集結
して来た

その中に、オレは忘れたくても忘れられない
顔を見つける

降谷零と風見裕也のコンビだ

相変わらず、明るい髪色に不思議な瞳の色合
いで、集まった新人達はその容姿に軽くざわ
ついていた
どちらも、確かに実年齢から-10歳は軽く見
て間違いは無いだろう

そして、男性陣は、捜査一課長はともかく、
第6係の女性係長でもある榎本係長を見て騒
いでいた

工藤らのチーム長でもある
第6係 係長 榎本梓

とても刑事には見えない風貌、その上、若い
その時、ふと、降谷の視線が気になった
ほんの一瞬だけ、榎本係長の方へ向けた視線
が気になったんや

(絶対、何かあんな)

公安でも伝説になっとるあの男の事や
榎本係長との関係性、探っておく必要があり
そうと判断した

挨拶が済むと、各班ごとにデスクの案内やら
現在抱えてる事件の説明があった

「沖田と冴島は風見から事件の引き継ぎを」
「遠山と鳥蓮はこっちに」
「「はい」」

異動後、最初の事件をそれぞれ言い渡された
沖田らは、悪徳美容クリニックで起きたある
事件を

オレと和葉は、あるストーカー事件を担当す る事になった

「鳥蓮って呼びにくい、英治でええ?」
そう言う和葉は、私も下の名前でええよと言
うて、颯爽と飛び出して行く

実際に一緒に捜査するうちに、オレの見立て
とは違って、和葉はかなり優秀な捜査員やと
言う事がわかった

被害者聴取では、かなり高度なテクニックで
供述を引き出したし、被害者からの信頼を得
るためのコミュニケーションも円滑
むしろ、オレの方がその様子を見て焦った

被害者周辺を軽く調査しただけで、簡単に容
疑者は判明し、後は証拠を押さえて検挙する
だけやった

「何や、一課で扱う程の事件や無いんとちゃ
うか?」
「油断したらアカン、この手の一件複雑や無
い事件の方が悪質化しやすいねん」

どうなるかは、まだわからんと言う和葉は、
車の中でもの凄いスピードでPCと格闘して
いた

そんな中、オレと和葉の携帯がほぼ同時に鳴
り出した

オレの携帯は、降谷の携帯をコピーしたやつ
の方が鳴りよったんや
和葉に適当な言い訳をして、オレはその現場
を離れた

犯人は、これまでの犯行パターンから考えて
0:00過ぎには行動に出ない
だから、大丈夫と判断して現場を離れたのだ

降谷の携帯に着信したのは、あの日、オレが
訊いた声の主
もちろん録音して、数日後に会う約束をした
のも確認したオレ

「やっぱり、犯人と通じていた刑事はこいつ
やったんや!」

怒りに震えるのを必死に隠して、とにかく、
オレは急ぎ今日は撤退して、明日早朝に出直
そうと和葉に告げるために車へ急いだ

車のドアが不自然に開いたままになっている

(和葉?)

焦り周囲を探し。公園の中で、犯人と和葉が
大乱闘を起こしているのに気がついた
和葉は、倒れこんだ被害者を背に闘っていた

オレは急ぎ被害者を少し離れたベンチに座ら
せて、和葉に加勢した

「公務執行妨害で、現行犯逮捕!」

時間を読み上げ、犯人に手錠をかけると、ふ
らふらと和葉は歩き始めた

「大丈夫か?」
伸ばしたオレの指先は、和葉の冷たい手に振
り払われた

「大丈夫ですか?怪我、ありませんか?」
震える被害者に優しく話しかける和葉

オレは、犯人を被害者の視界から隠すために
背を向けた

「はい、護っていただいたので怪我はありま
せん」
「念のため、一緒に病院に行きましょうか」

和葉が電話で救急車の要請と、庁舎に犯人の
緊急逮捕の報告を入れた

到着した救急車に被害者の女性を乗せて、次
々と現着する警官らに指示を出すと、乗って
いた車に戻る和葉

白いブラウスは引き裂かれ、首から胸元には
傷と血が見えていた

後部座席のカバンから、服を取りだすと、い
きなりぼろぼろになったジャケットやブラウ
スを脱ぎ始めた和葉

「んなっ!💢」
いきなり、何してんねん、こんなところで、
と慌てるオレに、言った

証拠保全は刑事の基本や、と

脱いだ服をビニールにしまうと、止血しよう
ともせずに、着替え終えた和葉

背を向けていたオレの事を、和葉がいきなり
殴った

「痛ってえ!いきなり何すんのや!!💢」
「殴られて当然やろが!!💢
アンタ、何でコレ、着けてへんかったんや!
着けてたら、あの娘、もっと早うに助けられ
たんやで!!!」
捜査中の単独行動は厳禁やろが、アンタそん
な事も知らんの?と怒鳴られる

オレ、車を降りる時、耳にしていた無線用の
イヤモニ、外して置いて行ったんや
邪魔やし、無くしたらアカンと思うて

潜入調査の時は、出来るだけ不要不急のモノ
は身につけへんって言う変な習慣があったし

「何、持ち場を、離れたって事?」
オレらの背後から、急に声がした

「榎本係長」
近隣で別件捜査中やったらしく、騒ぎを聞き
駆け付けたと言う

「持ち場を離れたのは、鳥蓮くんの方ね」
それは見れば一目了然やろ
男のオレはほぼ無傷
女の和葉は、着替えたとはいえ、傷だらけで
髪も乱れている

「貴方達の上司は、一体何を教えているのか
しらね」
ど新人じゃあるまいし、離れるのを黙認した
方もした方だし、離れた方はもっと問題よ、
と冷たい声

「貴方達、自分たちが何の事件の捜査担当だ
ったかって事、わかってないでしょう」

そう言うと、和葉に今すぐ警察病院へ行けと
言うて、大丈夫です、この程度の傷は慣れて
ますから、と返した和葉をひっぱたいた

「いいから行きなさい!💢
鳥蓮くん、アンタは庁舎に至急戻りなさい!
降谷係長には連絡を入れておきます」

和葉を警察病院で降ろして、オレは言われた
通り、庁舎へと戻った

「しょっぱなから、やってくれたな、鳥蓮」
そう言うと、いきなり殴られた

「オマエは、被害者とパートナーを投げ捨て
て、どこで何をしてたんだ?💢」
まさか、オンナとのデートの約束でもしてい
たのか?と言う声が飛ぶ

「単独行動も黙認される公安とは違うんだ!
オマエの現在までのキャリアなんて、無いも
同然だと思え!!」

刑事としては、オマエはまだひよっこ何だよ
生意気に単独行動なんか1500年早いってん
だ!このクソガキが!!!!💢

くっ、と唇を噛み締めて堪えた
ここで反撃したら、元もこも無くなると思っ
て、必死に堪えたオレの前に、誰かが立った

「現場を離れるのを黙認したのは、私です
ホンマに、申し訳ございませんでした」
頭を下げた和葉に、降谷は怒鳴りつけた

「自分の身も護れないひよっこのクセに、単
独で犯人とやりあうなんて、正気の沙汰じゃ
ねーぞ!!💢オマエも、鳥蓮と同罪だ!」

立ち上がったオレを背に、和葉はひるむ事も
無く、きっちりと詫びた

「おっしゃる通りやと思います
ホンマに、申し訳ございませんでした」

でも、オレは見た
和葉の両手が、血が滲む程に握りしめられて
いるのを

始末書を書いて提出した後は、捜査への参加
は禁ずると言われて、射撃訓練や武道の稽古
へ行くように、と言い渡された

「最後に、被害者の方へ報告だけはさせてく
ださい」
いきなり違う担当者へ変わられるのは、かな
りキツいはずですから、と、和葉は食い下が
った

最初はダメだと言っていた降谷も、根負けし
て、逮捕されたので担当が変わると言う説明
と、逮捕現場に立ち合わせてしまった事を詫
びるのなら、と、許可した

ありがとうございます、と言って部屋を出る
和葉の後を歩きながら、オレはそのまま屋上
へと向かった

「行かへんつもり?」
「ストーカー事件やで?オトコなんか見たく
も無いやろ」

和葉は無言でエレベーターを閉めて行ってし
まった

オレは、屋上に上がり、大っきらいな煙草を
1本吸った

香りも好きや無いし、うまいとも思わんし、
口に残る苦みも好きや無いんやけど

何よりも、昔、家に時々現れる横柄なオトコ
が燻らせとったのを思い出すので、嫌いやね
ん、煙草は

ヘマをした自分への戒めで吸いこんだ

犯人が、想定外のタイミングで現れた事と、
どう言うワケか、彼女が外出した事が重なっ
てしもうたんが原因やけど

もし、オレが主張した0:00以降、犯人は犯
行には及ばんと言う言葉を和葉が間に受けて
和葉も職務外の事に気を取られていたら、と
思うとぞっとした

武道の嗜みがある和葉でさえ、あれだけ怪我
したんやから、彼女がまともにあの暴力を受
けていたかと思うと、眩暈がした

煙草をもみ消して、暫く風に吹かれていたけ
れど、オレには時間が無かった

犯人と接触する降谷を尾行しなければならな
かったからや

入念な準備が必要になる
オレは足早にその場を後にした

翌朝、オレより早く射撃場に居た和葉には、
何故か、傷がもうひとつ増えていた

オレを一瞥すると、ヘッドセットを着けると
さっさと射撃に集中する

的の中心に弾を集められるだけの技量はある
らしく、教官もこれやったら大会で優勝も狙
えると騒いでいた

次に、道場に向かい、合気道と剣道をこなす 
怪我があるのにもかかわらず、乱取りもする
和葉に、オレの方が引き気味になった

剣道は勝てたが、合気道では容赦なく投げら
れたオレ

午後になると、沖田と冴島も稽古に顔を出し
て来た

「ちょっと、やっちゃって」
逮捕時、危うく犯人を取り逃がすところやっ
たと言う2人も、身体を鍛えて来い!と送り
込まれたらしい

休憩時、オレは降谷の携帯に待ち合わせ変更
の連絡があったのに気がついた
明日、20:00にポアロにて、となっていた

「なぁ、飯、まだ食ってないだろ?」

沖田の呼びかけで、4人で飯を食う事になっ
たのだが、和葉が行かない、と言う
オレに対する不満を爆発させる和葉に、それ
に応戦して口答えするオレ

「うるさいなぁ💢」

そう言うた冴島が、オレと和葉に手錠をかけ
てしもうた

「外せ!何すんねん!💢」
「いいから、行くぞ」

唖然としていた和葉も、めっちゃ怒り出して
いたけれど、動けば動くだけ手錠が締まり痛
いので、静かになった
でも、オレの事を凄い目で睨んでいた

4人で入った定食屋は、昼のピークも過ぎて
閑散としている

それぞれ注文して、何食わぬ顔で雑談してい
るけれど、沖田も冴島も、仲直りをするまで
は絶対に手錠は外さない、と言う

和葉が折れるのを待ったけど、今回は何故か
全く折れる気配もない
自分は悪くない、と言うて、オレの方すら見
ようとはせんかった

「オマエ、ええ加減にせえよ?」
オレはそれを最後まで言えんかった

店内に居た男が、近くに座っていた女子高生
を羽交い絞めにして、ナイフを突き付けてい
たからや

オレらに一気に緊張感が走る
オレらが店内に入った時、店内にはセーラー
服の女子高生3人組と、若いサラリーマンが
1人居た

夜は居酒屋、昼は定食屋の店は、最近リニュ
ーアルしたばかりのようで、食事に拘った小
さな店やった

ランチタイムのピーク時は、混雑しとって、
とても無理やけど、夕方居酒屋に変身する少
し前まで飯が食えると、庁舎内では人気の店
やったんや

今日はめっちゃ中途半端な時間やったから、
客もまばらやったんやけど

「おい、そこの背の高いの」
「オレ、ですか?」

冴島がホールドアップの体勢のまま、立ち上
がると、犯人に言われるまま、出入り口の鍵
を内側からかけた

オレの隣でも、オレと同じで冷静に周辺の様
子を確認しとるオンナが居た

人質になったオレらは、ホールドアップの体
勢を取るように言われたんやけど、オレらは
当然、片手しか上げられへん

「おい、そこの男女」
「お、オレらん事ですか?」

「あぁ、何で両手を上げない?」
この女子高生が死んでもいいのか?と言うと
にやり、と笑った

「あっ」
突然、和葉が胸を押さえてうずくまった

「おい、どないした!」
抱えようとして、片手が使えへん事に気がつ
いたけど、和葉がその手を背中でぎゅっと握
りしめた

「ご、ごめんな、わ、私、心臓が悪いねん
せやから、手、繋いでてもらわんと、発作が
出てる間は無理やねん」
せやから、片手で堪忍して、と犯人を見上げ
た和葉に、犯人も怯んだ

「こいつら、恋人同士、なんですわ
せやから、堪忍してやってくれんか?」
沖田は、オレに向かって楽しそうに笑い、犯
人の方へは懇願する弱気な男の顔をした

人質全員の携帯を回収される
オレは、片手でコピー携帯の方は電源を落と
して隠して、支給されとる携帯の方を差し出
した

和葉は、ホンマに具合が悪くなったんか、顔
色がどんどん悪くなっていて、冷や汗も出て
いる様子や

(大丈夫か?)
(煩いな、アンタなんかに心配されたない)
(仲良くしろよ、こんな時くらい)
(オレが悪いんちゃう、コイツが意地っぱり
なだけや)

コソコソ話してるオレらに気付いた犯人が、
ナイフをちらつかせ、怒り始めた

店主は、この犯人と何やら話しをした後、近
くに配達に行って来ると言うて店を出て行っ
てん

扉の向こう側が騒がしいので、おそらく警察
が出張って来たんやろなとわかる

マズイ、と思った
刑事が4人も民間人に交じって人質になっと
るなんてバレたら、それこそ記事になる
よりにもよって、全員、捜査一課やからな

ふと、視線を感じて犯人に気付かれんように
視線を厨房の方に向けたオレは、あぁ、もう
アイツにバレてしもうた、と思った

おそらく、天井裏から侵入したであろう刑事
が、内部を撮影すべくカメラを設置しとるの
と目が遭ったんや

とにかく、突入される前に解決せなアカン
和葉が、冴島にしきりに手錠の鍵、と訴え、
冴島も、犯人の目を盗み、鍵を探しているが
見つからない様子

女子高生らのパニックぶりを抑えていた沖田
が、これ以上の長期戦はやばい、と言う合図
を送って来た

3人のうち、ひとりがぜんそく発作を起こし
たからや
冴島が、手当をしながら搬送しなければヤバ
い、と犯人に言い始めた

「私が、人質になります
せやから、女子高生は解放してあげてくれへ
んやろか?」

何を言い出すんや、コイツは💢

オマエが人質になる言う事は、繋がれている
オレまで問答無用で人質になるんやで?

最初はNOと言い、暴れた犯人は、ぜんそく
発作の様子に、連れて逃げるには負担になる
と説得する和葉に応じて、高校生だけは全員
解放する事に応じた

和葉が、目と手で沖田と冴島に合図を飛ばす
沖田が誘導して、3人を扉から脱出させ、す
ぐに内鍵をかけた

その瞬間、沖田がメニュー表で犯人のナイフ
を飛ばし、冴島と、オレと和葉で犯人に飛び
かかった

制圧した犯人から、和葉が慎重に爆弾を撤去
し始めたのを見て、冴島と沖田が真っ青にな
った

「遠山、オマエ知ってたんか!」
「ううん、何となく、そう思うただけや」

てきぱきとその場にあるモノで、犯人の身体
に巻きついた爆弾を外して行く

オレも手伝ったけど、このスピード、半端や
無いと思うた

一体、コイツは刑事になってからどんな事件
を追って来たんや?

和葉の解除処理を待って、警官が大量に突入
してきて、オレらはそれの中に交じって、現
場を離れた

犯人は、就職先でトラブルを起こし、先月ク
ビになったらしい
上手くいかない再就職活動にヤケを起こして 
派手に自殺することを思いついた、と

人生最後の食事をしようと入った店

イライラしとる所で、女子高生らの派手な金
遣いの会話を耳にして、懲らしめようと思い
ついたと言うてたらしい

オマケに、店主にオーダーしたモノと違うモ
ノやと言うたんに、今日はもう売り切れやか
ら、それで我慢しろ、と言われたのが最後の
ダメ押しになったと言う、くだらなくて、呆
れるしか無い動機やった

オレらは、簡単な問診を受けて、解放された
ものの、そのまま会議室に閉じ込められた

お説教かと思うたけれど、籠城から短時間で
人質解放をさせた事、連携プレーで犯人制圧
を出来た事を褒められた

もちろん、一課の刑事が人質の中に居るなん
絶対あったらアカン事やと怒られはしたけれ
どな

冴島の机の上に在った、と言う鍵を持って風
見が現れた
冴島がオレと和葉を繋いでいた手錠を外して
くれる

もちろん、冴島には一発、お見舞いしたで?
和葉もやってたけど

冴島は、手錠をオレと和葉にかけた件で、さ
らに始末書を書かされたけれど、オレと和葉
は謹慎を解かれた

「なぁ、遠山、お詫びに今日はちゃんと奢る
から、来いよ」

冴島の誘いに、ほなちゃんと高いの、頼むで
と笑った和葉を連れて、オレらはマンション
へと向かった

実は、一課に異動する際に、オレ、沖田、そ
して冴島は同じマンションへ住むようにと、
秘密裏の指令を受けててん

いずれ、オレらはその捜査に関わる事になる
ため、として、仔細は知らされへんかったけ
ど、それが異動の追加条件に入ってたんや

せやからオレら3人は、それぞれの家はその
ままに、一課に着任してからは同じ家に住ん
でんのや

それは、和葉も知ってて、知らんのは一課の
他のチームだけやねん

ホンマは和葉も一緒にしておきたいんやけど
アンタらが信用出来んから、和葉には別に家
を用意したと指示した上司はそう言うてた

3LDKの部屋は、最初から家具もちゃんとあ
ったし、水場は共用やけど、各自部屋は確保
されとったから別に不自由なく過ごしている
オレらやった

今日は冴島の奢り、とあって、途中普段は寄
りもせえへん高級スーパーに立ち寄ってみて
買い込んだオレらは、部屋で4人で飲み始め
着任早々、事件に奔走するオレらは、これが
始めての一緒の食事となった

沖田が懇願した結果、結局和葉がおこのみと
たこ焼きを焼くハメになったんや

冴島を子分に、材料を用意して、手際よく焼
かれたそれは、めっちゃ懐かしい味やった

子供の頃、よう和葉が作ってくれたそれと、
同じ、オカンもオレも、好きやったあの味

「自分で作って焼いたの、めっちゃ久しぶり
やなぁ」
「遠山は普段、料理しない方?」
それにしては、手際良いよね、と冴島

「ううん、凝ったのは出来んけど、普通にや
るのは好きやねん」
自分は手を出さず、もっぱら酒を飲む和葉

「でもさ、関西人の和葉ちゃんが作らない、
なんて、何や理由でもあるんちゃう?」
おどけて訊いた沖田に、一瞬、顔色を変えた
和葉やったけど、ぽつり、と呟いた

「最後に焼いたん、中学生の頃やねん」

一瞬で心臓が凍りつくかと思うたオレ

「近所にな、弟として可愛がってた子がおっ
てな、その子が行方不明になってん」
いっつも私の後をくっついて来て、お腹空い
たと言うては、作ってやー、ってねだられて
よう作ってやってん

「もしかして」
そう尋ねた冴島に、和葉は哀しそうな顔で頷
いた

「居らんようになった前日にな、食べさせて
やってんよ」

居らんようになって、暫くして、台所に立っ
て作ろうと思うたんやけどな、アカンかった
んや
何で今日は出来たんかな、おかしいな、私と
言うと、グラスを空けた

酒を飲んでいるのに、比較的部屋は暖かいの
に、和葉の頬は白いままやった

冴島もそんな和葉に心配そうな目をしていた
が、はしゃいで和葉にじゃれようとする沖田
をガードするのに大変そうで、オレに和葉を
少し寄せろ、と言うた

「和葉、寒いんか?」
「ん?あぁ、ちょっとだけ」

取り敢えず、部屋からタオルケットを持ち出
して、和葉に掛けた
さんきゅ、と言うとくるり、と自分の身体に
巻き付けた

その後は、沖田が潰れ、和葉が眠ってしまう
冴島は、沖田を運んで寝かせて来ると、手に
救急箱を持って現れた

「英治、和葉ちゃん、ソファに寝かせろ」

冴島は、最年長やった
オレん事も和葉の事も、沖田も、職場外では
名前で呼ぶ、と言われててん

タオルケットに包まれた和葉を抱き上げて、
ソファに寝かせた

言わるまま、氷やら水やらタオルを用意する
テキパキと動く冴島は、いきなり和葉の服に
手をかけた

「おい💢」
何すんねん、と手を止めたオレに、言った

化膿して傷が残らないようにしてあげるだけ
だよ、と

「元の職業柄、血の匂いには敏感でね」

内緒だけど前職が医療関係で、と笑う冴島
でも、誤解されたくないから、英治は立ち会
えと言われた

ブラウスのボタンを丁寧に外し、広げると、
白い医療テープに血が滲んだままやった

それをそっと外して、消毒したり薬を塗り、
ガーゼ付きのテープで固定する

ボタンを嵌めてやって、渋い顔をした冴島

「もしかしたら、ちゃんと化膿止め、飲んで
無いのかも」
熱、出すかも知れないな、と言った冴島と、
顔を見合わせ、仕方無く、和葉の鞄を開けて
薬を持っている事を確認した

「英治、オレ明日、朝から総司連れて現場検
証に行かないとダメなんだ」
オマエ達は非番だろ?と

和葉ちゃんに手は出すなよ、まだ、と言った
冴島は、オレの部屋で寝かせてやれ、と言う

総司には内緒にするから、と言った冴島は、
和葉が夜、熱を出したらどうしろだの、目を
覚ましたらああしろだの言うて、部屋に戻っ
て行った

ジャケットは、掛けてやって
ベッドは明け渡したオレ

髪を解いてやって、寝かせると、本格的に眠
り始めた和葉を視界の端に捉えながら、オレ
はパソコンを立ち上げ、降谷の自宅に仕掛け
た監視カメラの映像をチェックしたり、携帯
を確認したりして、明日の夜の支度を進めた

そろそろオレも、身体を休めんと、と思うて
いつもの薬に手を伸ばしかけて、ふと和葉が
魘されているのに気がついた

「和葉?」

白い顔に汗が滲み出していた
呼吸も浅いし、かなり苦しそうやった
汗を拭ってやって、起こそうと何度か呼びか
けても、ぐったりしたままでどないしようか
思うた時、急に短い悲鳴を上げて飛び起きた

「あ?え?」

朦朧とした意識なのか、飛び起きて貧血を起
こしたんか、崩れ落ちそうな和葉を支えたオ
レの腕を掴んで、和葉は声を絞り出す

「ここ、どこ?」
「オレの部屋や
オマエ、あのまま居間で寝てもうたんや」
「ええから薬飲め」
「何の?」
熱、出てるで?と言うと、そうなんやと呟い
てまた眠ろうとするのを起こして薬を手に乗
せてやって、水を渡した

のろのろと口に含み、飲み干したのを確認し
て、ペットボトルを手から回収すると、その
まま横にしてやる

布団を掛けてやると、そのまままた眠ってし
まう和葉を、見ていた

別れた時は、まだたった15歳やった和葉
セーラー服がよう似合うてて、オレのクラス
でも断トツの1番人気やったのを覚えている

あの当時、オレは学年のアイドルの子に惚れ
とって、よう和葉にもからかわれたけれど

今ならわかる
それは、オレなりの反抗期で、和葉を否定す
るためやったって

いつも、悔しかった

オレの方が先か、せめて数年早う生まれてた
ら、とずっとそう思うてた

成長するにつれ、自分の幼なじみの姉ちゃん
が、めっちゃキレイな人やって事に気がつい
て、周囲の人らもそう思うてる事に気がつい
た辺りで、

オレは、自分が男やって事に気がついたんや

成長すればするほど、和葉との距離が離れて
行くようで、怖くてたまらんかった

特に、小学校高学年で、男の生理現象を迎え
た辺りから、怖くて仕方なかったのを覚えて
いる

そんな時、下校途中の和葉が、痴漢に襲われ
たんや
まだ、和葉は13歳、オレは11歳やった

公園に連れ込まれた和葉は、犯人を投げたら
しく、それが余計、犯人を逆上させてしもう
たみたいやねん

剣道の帰りやったオレが通りかかった時、和
葉はナイフをちらつかせるやつに引きずられ
るようにして、連れ込まれるところやった

背負うてた竹刀で一撃して、制圧した犯人を
騒ぎを聞きつけ駆けつけた人と縛り上げて、
オレは自分が着ていたコートに和葉を隠して
おばちゃんらを呼んだんや

制服や鞄がダメになったけど、擦過傷以外の
傷も無く、和葉は無事やった

「オカン、おばちゃん、明日からオレが和葉
の登下校、付き合うたる」
和葉を送ってから、学校に行く
せやないと、コイツ、ぼーっとしとって危な
いからな

そう言うたオレに、ええよ、大丈夫と言うた
和葉やったけど、その方がええ、と言うオカ
ンらに説得されて、ホンマにオレは毎日、付
き合うたんや

和葉の友達らには、騎士くん、と呼ばれて、
からかわれたけれど、みんな可愛ええやんと
言うて可愛がってくれたし、お菓子とか色々
貰うことも多くて、オレはひとつも苦ではな
かったんや

それも、あの日で終わってしもうたけどな

20歳になった時に、偶然見かけるまで一度
も和葉には会えんかった

あの日、オカンの眠る場所に行けたのは、和
葉のおかげやった

あの後、オレは和葉の事も調べたんや
あの事件後、和葉は暫く学校に行っていなか
ったばかりか、あれ程楽しみにしていた改方
学園の高等部に行ってなかったんや

単身英国に渡り、帰国するなり京都の国立大
学に編入、一発で試験にパスして府警の門を
叩いていた

しかも、おばちゃんとは同居してへんかった

オレがオカンと生き別れた後、何故か和葉も
おばちゃんと別々に暮らし続けててん
その理由をオレはまだ知らん

眠る和葉の顔にかかった髪を、そっとのけて
やって、キレイな顔に残る傷跡に顔をしかめ
たオレ

和葉の顔に、ひとつ増えてた傷跡は、被害者
の家族にどやされて殴られたものやと、冴島
に教えられてん

あの日、謝りに行った和葉を、単身赴任先か
ら駆けつけた被害者の父親が、事情をちゃん
と知りもせん状態で、逆上して殴ったらしい
ねん

被害者と、事情を知っている母親から、止め
られて、話を聞いてからは、平謝りやったら
しいんやけど

ホンマに殴られなアカンかったんは、オレや
まだ1ヶ月も経ってへんのに、和葉にケガ、
させてしもうて、オレはホンマにアホやな

いつもの薬を口にして、床に布団を敷いて、
オレは和葉を見ながら、矯正的な眠りへと導
かれていた


[2]
**2017年4月某日 ~遠山和葉の記憶**

警視庁捜査一課で、最初に任された事件は、
犯人は検挙出来たものの、私個人的には最低
の出来での成果となった

パートナーの鳥蓮英治とは、中々コンビとし
ての相性と言うか、上手くやるコツが掴めず
最初の事件から、蹴つまずいたんや

「ホンマ、腹立つオトコやわ💢」

勝手気ままと言うか、何と言うか
とにかく、愛想の良さは皆無
無遠慮と言うか、何かへんやねん

京都出身らしいけど、同じ京都出身の沖田く
んとは何かちゃうと言うか
むしろ、言葉使いなどは、私に近い気がして
んのや

「よぉ、名探偵」
「黒羽くん?」

隣の榎本係長のチームに配属された黒羽快斗
が突然現れた

英国に居た頃、家主の工藤優作さんにくっつ
いて、色々な事件現場に飛び回ったり、捜査
協力をしていた私

そんな現場に付き合うてくれたんが、黒羽く
んや

せやから、私の事、「名探偵」って呼んで、
めっちゃからかうねん

学校も一緒で、少し上の学年に在籍しとった
から、追いつきたくて勉強頑張ったりもした
存在でもある

めっちゃ頭がキレて、運動神経も抜群で手先
も器用な人やった

「あー、青子に会いてー」
いつも、事件後そう言っては、日本に残して
来たと言う、恋人の名を叫んでいた

「そうや、青子ちゃんには会えたん?」
「ちょっと聞いてくんない?和葉ちゃん」

近くの居酒屋で、黒羽くんのグチを聞いた
中森青子ちゃんが、黒羽くんの幼なじみで、
恋人なんやけど、直接の面識は無いねん

「え?府警の科捜研に出向中??」
「そうなんだよ!青子の奴、オレが帰還する
って言うのにさ、大阪、行っちゃったんだよ
完全、すれ違いでさぁ」

「えー!そうなん?」
「そうなんだよ、まったくさー」

黒羽くんは、心底残念そう

だって、夢だって言うてたもんね
黒羽くんは、刑事として
青子ちゃんは、科捜研の技官として
一緒に捜査するんだって

帰還の連絡を受けた時、嬉しそうに夢が叶う
かもって言うてたもんね

「青子ちゃん、府警の科捜研に居るんよね」
「ああ、そうだけど」

「そこの所長、うちのお母ちゃんや」
「ふーん、って、ええっ!((((;゚Д゚)))))))」

飛び退いた黒羽くんと、少し飲んで、別れた
あんまり顔に傷なんか作るなよ、と言うて、
街へ消えて行った黒羽くんは、相変わらず優
しい人や

向こうに居る時も、平次を思い出して落ち込
む私を、何遍も励ましてくれた

不思議な人で、私が落ち込む時とか、弱っと
る日とかにふらり、と現れる事が多いねん

いっつも、おおきに、黒羽くん

見送ってから、私は下宿先のマンションへと
帰った

瀟洒な高級マンション

とても私の給与じゃ住めへん部屋の一室を借
りている私

「お帰りなさい、和葉さん」
「あれ、志保さん、今日は帰れたん?」

「ん?ちょっとだけ休憩したら、また戻る予
定なの」
「ほな、ちょっとだけ待っててや」

私に一部屋貸してくれているのは、
宮野志保さん
科学捜査研究所の若き所長

「和葉ちゃん、家、もう見つけた?」

上京準備に追われた私に、宮野明美一課長が
声をかけてくれたのだ
実家の部屋、余ってるからどう?と

妹さんの志保さんと会って、お互い好きな服
のメーカーとか、食べ物の好みが似てる事と
かもあって、甘える事にしたんや

私も、知らん人らばっかりの集合住宅や、独
身寮よりは、ええなって思うて

「仕事の都合もあってね、私、家を出るのよ
でも、いきなり志保を完全にひとりにするの
も不安で、悪いけど、暫くよろしくね?」

案内されたマンションに、私は引いた

「ベッドも家具もあるから、好きにアレンジ
して使って?」
「えー?私、着替えとかだけ持ち込んだらえ
えだけやん!」

宮野家は、今は姉妹2人だけで、マンション
は亡くなったご両親の部屋らしいねん

キッチンに立って、冷蔵庫やストックを確認
した私は、エプロンを身に付けて、急ぎ支度
した私

「うわぁ、ありがとう!」
出かける支度をして現れた志保さんの前に、
パスタとサラダを出した

野菜ジュースとスープを追加しながら、最近
の志保さんの仕事の話を訊いていた

ごちそうさま、と言うて、バタバタと部屋を
出て行く志保さんは、めっちゃ忙しい 
あんまり部屋出てゆっくり出来る時間は無い
みたいやねん

うちのお母ちゃんと同じ仕事やから、忙しい
事やら大変な事はようわかんねん
しかも、志保さんは、最年少で所長に就任し
とるからな

後片付けと明日の支度をして、ベッドに飛び
込んだのは、深夜過ぎの事やった

翌日、私はパートナーの英治と喧嘩して、同
じチームの冴島さんや沖田くんも一緒に、4
人で昼食を食べに行った先では立て籠り事件
に遭遇して、人質になった

(何か、めっちゃついて無いんやけど、私)

オマケに、最初の事件で犯人逮捕時に負った
傷のせいか、めっちゃ具合悪い

でも、薬はあんまり口にした無くて、飲めず
にいた

チームのメンバーだけで夕飯を一緒に食べよ
うと誘われて、業務命令で共同生活をしとる
英治らのマンションに行く

最初は、冴島さんが奢ってくれる、言うたん
を、沖田くんがどうしても家飲みがええ、と
言い、お好みとたこ焼き食べたいと騒いだか
ら、結局、冴島さんに手伝ってもろうて、私
が焼いたんや

食欲はあんまり無かったから、もっぱら私は
飲んでいたんやけど、途中からめっちゃ寒く
なって、英治が貸してくれたタオルケットに
包まったまま、飲んでた私

途中からめっちゃ目眩がして、意識が飛んだ

え?
眩しい、と思うて目を覚まして、数秒固まっ
た私
見慣れへん天井、見慣れへん家具
シンプルな部屋

はらり、と落ちたタオルに、ベッドサイドの
荷物を見つけ、誰かに介抱された事に気づく

扉が開いて、上半身裸の英治が、首に掛けた
タオルでがしがし頭を拭きながら入って来た

「漸く、目、覚めたか?」
「うん、ってかゴメン!もしかして、アンタ
の部屋やってん?」

うわっ
慌ててベッドから降りようとして、くらりと
目が回り、転げた私

ガンっ、てぶつかった感触に、血の気が更に
引いた

私の顔がくっついてんのは
私の唇が触れてんのは

間違い無く、人の皮膚で、多分、胸で
私を抱きとめた英治も、私も、一瞬固まった

きゃああっ
うわあっ

慌てて飛び跳ねる

着替えるから、出て行けと部屋から押し出さ
れて、くらくらした頭で、リビングのソファ
に崩れ落ちた

ああ、何してんのやろ、私

すぐに、ブラックデニムにシャツ姿の英治が
出て来て、目の前に薬と水を置かれた

昨日、具合が悪くなった私を手当てしてくれ
たんは冴島さんで、目が覚めたら必ず飲ませ
ろと言われたんやって

オレ、出かけなアカンから、病院までは送る
と言う英治に、悪いからええよ、と言うと、
むっとした顔で言う

「オレが後から冴島らにしばかれんねん💢
しのごの言わず、病院行け、あほ💢」

英治は、私が黙って逃げるかもと踏んだらし
く、診察室に入るまで、付き添い、言うより
見張ってから、じゃあな、と出掛けて行った

診察室で、傷口の手当てを受け、昨夜の冴島
さんの手当てが完璧だったらしい事を知った

一旦家に戻り、着替えやら何やらを済ませて
医師に言われた通り、明日に備えて部屋でゆ
っくりする事にした

パソコンを立ち上げ、事件の整理やら何やら
を済ませ、あのファイルに潜り込んだ

あの事件について、自分の調べ上げた情報を
集めたデータや

公になった新聞、雑誌記事から、極秘ファイ
ルまで
お母ちゃん経由にて、入手した証拠物件やら
鑑定資料の数々もある

データの整理方法や、管理手法は向こうで学
んで来て、私は刑事になってからの資料も総
てきちんと整理し、管理している

優作さんが、教えてくれたんや

経験も、後でちゃんと有効に利用出来るよう
にしとかなアカンって
それが、事件に関わった者の礼儀やって

情報も、外部に漏れんように管理する
留学中、優作さんや有希子さんについて回り
絡んだ事件の情報も勿論整理してあるで?

簡易鑑定技術は幼い頃から遊びのひとつとし
て身に付けてあった

捜査技法や、イロハは、向こうで実地込みで
教え込まれとる

世間一般のオンナやったら要らん技術を、私
はいくつも習得しとった
そのおかげで、今日まで生きて来られたんや

刑事になる時も、なってからも、大変やった
苦しくて、逃げ出したくなる事もあった

それでも、耐えられたのは
手帳の中に隠してある2枚の写真

おばちゃんを真ん中にして、私と平次がその
両側からくっついて笑う一枚

お母ちゃんが撮ってくれた、おばちゃんの人
生最後のお誕生日に撮影したものや
私達はみんな、屈託無い笑顔で笑うてる

もう一枚は、セーラー服と学ラン姿で笑う私
と平次

無邪気に笑う私達は、この後に起きる悪夢を
まだ知らない

頬を涙が滑り落ちる

何度も、何遍も、祈った
神様、この日に戻してください、って

他の総てを諦めてもええから、おばちゃんと
平次を返してくださいって

でも、その願いはまだ叶ってはいない

平次の行方がわからん限り、私は諦めてはな
らんのや

犯人も、まだ捕まえてへん
せやから、私は死んでもアカンのや
辛くても、逃げ出したくても、まだ、私は諦
めたらアカン

「平次、ゴメンな
もう少しだけ、我慢しとってな」

写真の中で、爽快な笑顔を見せている平次を
指先でそっと撫ぜた

「大阪・寝屋川市 服部邸殺人事件」

もう何万回も資料を見直したし、現場も調べ
たけれど、犯人の手がかりを捜せずに居る

おばちゃんが生前関わった事件も片っ端から
調べたけれど、生命を奪われる程の恨みを買
うような事も、逆恨みを受けるような事も出
ては来なかったんや

でも、ひとつだけ気になる事があった

平次と何度か、服部邸にスーツ姿の若い男の
人が何度か来ていた事や

おばちゃんと、口論しとった事もあるその2
人を、私は知っとる

うちの係長と、その相棒やねん
降谷零と風見裕也

配属された日、2人を見て愕然としたんや
どうして、と

公安時代の2人の活躍は伝説になっとる
何故、その公安でのキャリアを捨て、捜査一
課に移ったのかも謎やった

あの事件の日

降谷係長夫妻にも、事件が起きていた事を私
は知った

一人息子が保育園を逃げ出して、事故死して
いたんや

平次の事件を調べる中、当日の全国紙も調べ
ていて知った出来事やった
何の因果か、と思うたけど

ところが、私が「正式な資料」として入手し
た資料には、降谷、風見と言う名前も、2人
が事件前に何度もおばちゃんに接触しとった
事も、一行も記載は無かったんや

私の証言も、その部分は完全にカットされと
んねん、私はちゃんと、言うたんに

服部邸に設置されとった監視カメラの映像に
も、片っ端から調べたけれど、2人の姿は無
くて、明らかにデータ改ざんがされとった

「不用意に、あの2人の名前は出したらアカ
ンよ、和葉」
お母ちゃんは、以前そう言うた

警察内部には、その存在さえ消して、表向き 
には存在しては行けない課が在る、と

通称ゼロ課

私が警察に入る事が決まった日、お母ちゃん
が言うたんや

私を英国に留学させたり、帰国後も同居せん
どころか、連絡も殆どせんかったのは、理由
がある、と
あの事件後は
誕生日さえ、一緒に祝えなかったんや

平次を思えば耐えられたけれど、最初はめっ
ちゃ辛かった

お母ちゃん、私の事、嫌いになったんかなっ
て思うて、泣いた事もある

でも、お母ちゃんが言うたんや
大好きな銀司郎さんが授けてくれた娘や
遺してくれた一人娘が可愛いくないワケ無い

親友の静華は、ひとりで育てた平ちゃんと、
あんな酷い形で別れさせられたんや
平ちゃんを、何としても取り戻したいねん

それが、アンタの子育て、手伝ってくれた親
友へ、私が出来る最後の贈り物やと思うてる

せやから、お母ちゃんとは一緒に暮らせへん
でも、お誕生日さえ、一緒に祝えんでも、私
は堪えた

お母ちゃんが私を遠ざけた理由はもうひとつ

お母ちゃんは、警察内部の不穏な動きを察知
しとって、自分の身辺や、平次を捜しまわる
私の周辺を探る影を感じていたからや

せやから、おばちゃんとお母ちゃんの親友で
ある有希子さんに、私を託した

私が日本を離れとる間、お母ちゃんは何度か
襲われたらしいし、家にも不法進入されたら
しいのは、工藤夫妻から聞いていた

「和葉ちゃん、最後の最後まで、絶対に諦め
たらダメよ」
「そうだ、絶対に諦めたらダメだ
君が諦めない限り、平次くんは必ず帰って来
るはずだから」

工藤夫妻はずっとそう言い続けてくれて、祝
えないお母ちゃんの代わりに、私の誕生日も
成人式も盛大に祝ってくれた

私には、工藤夫妻とか、黒羽くんとか、お母
ちゃんが居らんでも助けてくれる人が居った

でも、平次はどうやったんやろか
いつもそう思うてしまうんや

事件のファイルを読み解きながら、あれこれ
思考を巡らせて行く

そう言えば、パートナーの鳥蓮英治も、何か
事情があって14歳以前の記憶が無いと言う
てたよな
せや、24歳やって言うてた
(私より2歳も若いのはちょっと気にいらん
けどなー)

平次が生きてるなら、同い歳やん
英治は、どうやって育ってきたんやろか?

性格は悪いけど、育ちは良さそうな空気があ
んねん
口は悪いけど、武道を嗜むせいか、姿勢とか
立ち居振る舞いはええんよ
ちょっとした時の仕草とか

もう少し、仲良くなれたら聞いてみよう
色々と参考にしたいし

だって、私の記憶の中の平次は、中1の少年
のまま

でも、現在の平次を探そうとするならば、
24歳の平次を探さなくてはならないのだ
身長も体重も、顔立ちも体つきも変わってい
るはずなのだ

「さ、練習あるのみ、やね」

私は現在、あるプログラミングの研究中

写真から、年齢を操作してその写真の主の数
年前、数年後を予測して写真を作成する

一応、基本のプログラミングは警察にもある
んやけど、微妙な誤差を修正したくて、色々
と試行錯誤してんねん

自分や周囲の人の写真を使って、ソフトにか
けてみて、その誤差を計算してみたり、あれ
これやってみてんのやけど

「まだまだ、完成度は低いなぁ」

でも、諦めたらアカン
取り敢えず、2、3、志保さんに後で訊いてみ
ようと思う項目をメモして、端末の電源を落
とした

ストレッチして、身体を解してから、布団に
ダイブする

そう言えば、と思う
私は基本、馴染みの場所やないと熟睡は出来
んのや
あの事件以降は、特にそうやった

それやのに、具合が悪かったとは言え、昨日
は完全に熟睡しとったんよ、私

それに、もう一つ

最後に平次に食べさせて以降、上手く作れな
くなっていたお好みとたこ焼き
何で昨日は自然と作れたんやろか

10年ぶりにまともに作れたんや
その謎が解けずに居た

何でやろか?

第1章 後編へ、
to be continued 

7th heaven side B

Ame&Pixivにて公開した二次創作のお話を纏めて完成版として倉庫代わりに置いています^ ^

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